【シナリオ】揺れる一本
人 物
野布瀬秋吉(75)マンション貸主
野布瀬秋子(69)野布瀬の妹
奥西はる(10)野布瀬の親戚
配達員
本 文
○野布瀬家・外観
四人家族が住んでいそうな立派な一軒家。ただし、車や自転車はなく、全体的に飾り気がない。
家の前に一台のトラックが止まる。
○野布瀬家・玄関
配達員が小包を野布瀬秋吉(65)に手渡している。
配達員「ありがとうございました」
人相の良さそうな配達員。
野布瀬「あ、はい」
ややおどおどした様子の野布瀬。
野布瀬が玄関ドアを閉めようとした時、
秋子「おーい」
一台の車が野布瀬の家の前に止まる。
運転席から野布瀬秋子(59)が手を振っている。
野布瀬はそれを見て、顔を顰める。
○野布瀬家・廊下
野布瀬は小包を大事そうに抱えながらリビングの方へ向かう。
その後ろにつづいて、秋子が歩く。彼女の両手には大きく膨れ上がった花柄の風呂敷袋が一つずつ握られている。
秋子「どうせあんたのことだから、準備なんて全然してないんでしょ」
野布瀬「……してるよ」
二人はリビングに続く扉の前にたどり着く。
野布瀬は両手で秋子を引き止めて、
野布瀬「ちょっと、ここで待ってて」
秋子「はいはい、入るよ」
秋子は野布瀬を押し退けてリビングに侵入。
○野布瀬家・リビング
大変散らかっている。ビールの空き缶や段ボールの山、弁当のパックやゴミの入ったビニール袋。加えて、カメラやサーフボード、プロジェクター、分厚い将棋盤などが散在している。
秋子「あーあ、こんなんじゃ女の子住めないでしょ」
野布瀬「今片付けようとしてんだ」
秋子「はいはい」
秋子は部屋の片付けを始める。カメラを雑に持ち上げる秋子に、
野布瀬「ちょっと、丁寧に」
秋子「どうせ大して使わないんでしょ」
野布瀬「そんなことないって」
秋子「そうだ、例のクローゼット、見なきゃね」
野布瀬「ちょ、ちょっとー」
秋子は廊下へ移動。それを力無い足取りで追いかける野布瀬。
○野布瀬家・廊下
秋子がクローゼットを開け放つ。
中にはセットのゴルフクラブ、筋トレ用品、ドローンとコントローラー、携帯ゲーム機、DIY用の素材や工具、マジックグッズ、折り畳み自転車などなど。あらゆる趣味用品が埃を被っておいてある。
秋子、半ば絶望したような顔。
野布瀬「前より、ちょっと減っただろ」
秋子、野布瀬を鋭く睨む。
秋子「で、その箱は何?」
野布瀬の抱えている小包を指差す。
野布瀬「こりゃ、ただの米だよ」
秋子「そんなことないでしょ、どうせまたくだらないものを」
秋子、伝票を覗き込もうとする。
野布瀬は小包を遠ざける。
小包の伝票には「VRゴーグル」と書かれている。
○電車・車内(夕)
田舎特有の、扇風機が回る電車。走行音がやや大袈裟で、揺れも大きい。
奥西はる(10)が一人で電車に乗っている。乗客はほとんどいない。
小学校の制服を着ていて、電車が揺れるたびにその小さな肩も揺れる。
彼女の体くらい大きい、黒いスーツケースが隣に置いてある。
○野布瀬家・外観(夕)
陽が傾いている。
犬が吠えている。
○野布瀬家・リビング(夕)
部屋が綺麗に片付いている。
秋虫の鳴き声が近くの森から響いてくる。
部屋中央のテーブルに大きな花柄の風呂敷袋が二つ置かれている。
秋子が一方の風呂敷を解くと、中からはおもちゃが出てくる。
ウサギの家族の家模型、ビーズアクセサリーが作れるキット、マスコットキャラクターの入ったおもちゃのバイオリンなどなど。全体的にピンクと水色でキラキラ。
野布瀬「わぁ、すごいなぁ」
秋子「十歳の女の子は、こういうので遊ぶの。わかる?」
野布瀬「へ、へぇ。そっちの風呂敷は?」
秋子「これは私の着替えよ」
野布瀬「泊まるの?」
秋子「当たり前でしょ、あんたに親戚の子預けられるわけないじゃない!」
野布瀬「いや、別に」
秋子「私が色々遊んだり、お裁縫教えたり、料理作ってあげたりするのよ」
秋子、ウキウキ顔で足踏みをする。
壁の時計は午後七時を指している。
秋子「もう、こんな時間。迎えの時刻過ぎてる!」
野布瀬「あ」
秋子が急いで身支度を済ませようとすると、インターフォンが鳴る。
秋子「誰かしら」
野布瀬がインターフォンのカメラを確認すると、小学校の制服の帽子が画面の底辺にちょっとだけ見える。
野布瀬「あ、来た」
秋子「本当?」
秋子は玄関へ駆け出す。
○野布瀬家・廊下(夕)
秋子がはるを先導して、リビングに連れて行っている。その後ろを歩いている野布瀬。はるの荷物を全て持たされている。
秋子はニコニコ笑顔。
はるは仏頂面。
秋子「はるちゃん、よく来たねぇ。私、はるちゃんのお母さんのいとこなんだ。気軽に秋子さんって呼んでねぇ」
はるは秋子の方を向こうとしない。
○野布瀬家・リビング(夕)
リビングの高級ソファに秋子とはるが並んで座っている。
部屋の端っこで野布瀬は突っ立っている。
ソファの前のテーブルには、ケーキとリンゴジュースが並んでいる。
秋子「ほら、好きなだけ食べていいのよ」
はる、黙ったままで何も手に取らない。
秋子、フォークでケーキを刺してはるの口に運ぼうとする。
嫌がるはる。
野布瀬「あ、甘いものが苦手なんじゃないのか」
はるは助けを求めるように頷く。
秋子「そ、そっかぁ。じゃあ」
秋子はおもちゃのバイオリンをはるの
真横で弾いてみせる。
秋子「ほら、楽しそうでしょ、これ」
はる、見向きもしない。
○野布瀬家・玄関前(夜)
秋子が車に荷物(花柄の風呂敷)を積み込んでいる。
野布瀬は玄関先から呼びかける。
野布瀬「か、帰るのかー?」
秋子、興味なさげな声で、
秋子「なーんか、愛想のない子だったねぇ」
秋子、車に乗り込む。
野布瀬「き、気をつけて」
車エンジン音が野布瀬の声を遮る。
○野布瀬家・縁側(夜)
縁側に野布瀬が座って、ビールを飲んでいる。顔が赤い。
庭は荒れている。庭の端の方にススキが一本生えている。
野布瀬はリビングの方を一瞥する。
はるは一人で黙々と文庫本を読んでいる。
野布瀬は庭を見つめながら、
野布瀬「はる……ちゃんは、一人が好きなのかな?」
はるは野布瀬の後ろ姿を見る。
野布瀬がもう一度振り返ると、はるは目が合いそうになったのにびっくりして、目を逸らす。
野布瀬は庭を見つめながら、ビールを一口。すすきが一本、揺れている。
中秋の名月が空に。
野布瀬「月が一つなら、すすきも一本だなぁ」
〈了〉
* * *
「孤独な都会の小学生が、孤独な田舎の老人の元へやってきた」というコンセプト。一匹狼の二人が、一本のすすきに象徴されています。
主人公の野布瀬秋吉は、マンションの家賃収入で悠々と暮らす独身男性。Amazonでちょっとでも興味がそそられたものを買い漁っては三日で飽きるという浪費生活を送っている。長らく刹那的な快楽しか得られておらず、パッとしない日々。新品同然の趣味グッズだけがクローゼットにたまるばかり。妹の野布瀬秋子からは無駄遣いの悪癖をいつも指摘されている。
そこへ突如として預けられることになった親戚の女の子、奥西はる。都会の小学校に通うものの、孤立してしまう。そこで、一時的に田舎の小学校へ転校させることに。忙しい両親に代わって、いかにも暇そうな野布瀬秋吉が面倒を見ることになった。果たして、二人はうまくやっていけるのだろうか...…。
こだわりポイントは秋子。「かわいい女の子がやってくる!」と思ってウッキウキで兄の家にやってきたものの、奥西はるはとんでもなく無愛想な子。一瞬で興味を失い、即日退散します。こういう自分の欲に忠実で厚顔無恥なキャラクターが大好きです。私がそうなので。
毎日コメダ珈琲店に通って執筆するのが夢です。 頂いたサポートはコメダブレンドとシロノワールに使います。 よろしくお願いいたしますm(_ _)m