【シナリオ】転覆スワンボート
人 物
野裏武蔵(23)大学生
相葉竜介(21)大学生・野裏の友人
湘南翔(21)大学生・野裏の友人
内田美奈(20)大学生・野裏の友人
店員
本 文
○道路・外観
山道を一台の赤い車が走っている。小さくて年季の入った車。
○車内
運転席には野裏武蔵(23)。ボサボサの髪に無精髭。片手でコンビニおにぎりを食べながら運転中。
助手席には相葉竜介(21)。長身メガネ。コンビニ海苔弁当を食べながら窓の外を見つめている。
後部座席には湘南翔(21)。先を大胆に遊ばせた黒髪イケメン。コンビニチキンを食べながらスマホをいじっている。
相葉「福島まで来て、コンビニ飯はなくね?」
野裏「しゃあねえだろ。レンタカーが予定よりめっちゃ高かったんだから」
相葉「オートマならもっと安かったのに」
野裏「俺はマニュアルしか運転しないって決めてんだ」
車が大きく揺れる。
湘南はチキンを口に含んだまま、
湘南「おい野裏、運転荒いぞ」
野裏「うっせぇ。俺の失恋慰安旅行だぞ。文句つけんな」
湘南はチキンを飲み込んで、
湘南「んだそれ」
○猪苗代湖・駐車場・入口
砂利で敷き詰められた駐車場。
入口の立て看板に「猪苗代湖駐車場入口」と描かれている。
赤い車が一台、駐車場へ入っていく。
○カヌーショップ
カヌーに必要な品々が所狭しと並べられた小さくて古い店。五十歳くらいの浅黒い肌の店員が雑巾でカヌーの掃除をしている。店の正面には猪苗代湖が広がっている。
野裏がはしゃいだ様子で店に入ってくる。
少し遅れて相葉と湘南が入店。
野裏「店員さん、カヌーレンタル」
店員「あいよ。三人ね」
野裏「はい」
料金表には「レンタル三千円/レンタル+インストラクター六千円」と描かれている。
野裏は一瞬顔を顰めてから、
野裏「店員さん、インストラクターいらない」
湘南「おい、何言ってんだよ」
店員「経験者か?」
野裏「は、はい! もう、毎日」
野裏、オールを漕ぐ真似をする。非常にぎこちない。
店員、疑いの眼差しで野裏を見る。
相葉「大丈夫かな」
野裏「はいはい、君たちは外出てて」
野裏は二人を店の外へ追い出す。
○猪苗代湖・水上
カヌーやスワンボートが点々と浮いている。
野裏はジタバタとオールを振り回している。野裏の赤いカヌーは相葉や湘南のカヌーからどんどん離れ、今にもカップルが乗ったスワンボートにぶつかりそう。
野裏「うわ、これ、どうなってんだ、これ」
相葉「右に曲がるときは左を漕ぐんだよー」
野裏「え、なんだって?」
湘南「ばかだな、あいつ」
野裏「あ、やばい、ぶつかる」
野裏、スワンボートにぶつかり、転覆する。
野裏「あーー」
相葉「だ、大丈夫かー?」
湘南「言わんこっちゃない」
野裏の方へ向かう相葉と湘南。
○カヌーショップ
びしょ濡れで寒そうな野裏が入店。後ろから、カヌーを抱えた相葉と湘南が入店。店員は野裏を見て驚き、
店員「た、大変じゃないですか」
野裏「いえ、ダイジョブです」
店員「シャワー使います?」
野裏「いえ、本当にダイジョブなんで。お金、払いに来ただけなんで」
野裏、財布をポケットから取り出し開く。
野裏「あ」
財布から一滴、水が滴る。
野裏は相葉と湘南の方を申し訳なさそうに振り向く。
ため息をつく湘南。
○猪苗代湖・駐車場
赤い車に、野裏と相葉と湘南が乗り込もうとしている。
野裏「全く、これだからカップルは周りが見えてないってんだ」
湘南「車乗る前に尻ふけよ。ビッショビショじゃねえか」
湘南、野裏にハンカチを渡す。
野裏「こんなんじゃ焼石に水よ」
相葉「濡れ尻にハンカチ、だね」
野裏「なんか言ったか? 早く乗れよ」
湘南「はいはい」
三人は乗り込む。
○車内
乗り込む三人。
野裏は運転席に座ったまま動かない。
相葉「どうした」
野裏、大袈裟な予備動作でくしゃみ。鼻を啜る。
相葉は野裏の肩を揺する、
相葉「おい、大丈夫かよ」
○道路・外観
山道を走る赤い車。
木々の隙間からホテルが見えてくる。
相葉の声「ホテルで休んだ方がいいよ」
野裏の声「チェックインするだけだからな」
野裏はくしゃみ。
湘南の声「おい、事故るなよ?」
○ホテル・入口
やや古い、煉瓦造りのホテル。
入り口には「レイクサイドホテル大鷹」と書かれた看板。
野裏、相葉、湘南が入っていく。野裏は相葉に肩を借りている。
○ホテル・個室
野裏がベッドに寝ている。体が震えている。
湘南が、べしょべしょに濡れたタオルを野裏の頭に載せる。
野裏「ちゃんと絞れよぉ」
湘南「感謝しろ」
相葉「失恋旅行っぽいと思えば、いいんじゃない?」
野裏「そんなこと言うなよ
○(回想)南海大学・女子ロッカールーム
内田美奈(20)がカヌーサークルのユニフォームを着ている。腕に「南海大学」の文字。
ロッカーからリュックを取り出し、背負う。ロッカーを閉めるも、ギーという音をたてて開いてしまう。
野裏がこっそり中に入ってくる。
美奈「ちょっと、なんで男が入ってきてんのよ」
野裏「いいだろ、美奈ちゃんしかいないんだし」
野裏、何かを期待するような目。
野裏「荷物もとうか?」
美奈、嫌な顔をする。
美奈「察しが悪いのね」
野裏「え、え? サッシかなんか知らないけど、俺は悪くないぞ、良いぞ」
美奈「私、付き合う気ないから」
美奈は勢いよくロッカーを閉めて、去る。
野裏「え、ちょ、ちょっと待ってよ。なんでぇ」
野裏は弱々しく手を伸ばす。
ロッカーがギーという音をたてて開く。
○ホテル・廊下
野裏が腹を押さえながらゆっくり歩いている。
野裏「(小声で)いてぇ、いてぇ」
大きなガラス窓の横を通りかかる。窓の目下には駐車場、その奥には猪苗代湖。
湖に浮いているスワンボートを見て、
野裏「ゆるさねぇぞ」
駐車場には、バスが二台。中から南海大学カヌーサークルのユニフォームを着た学生たちが次々と降りてくる。
野裏腹を抑えるのをやめて、窓に張り付く。
野裏「ありゃ、なんだぁ!」
野裏、急いで近くの階段を降り始める
〈了〉
* * *
幸せの黄色いハンカチに影響を受けすぎた作品。野裏みたいな人物をイキイキと描くのは楽しく、難しかった。
毎日コメダ珈琲店に通って執筆するのが夢です。 頂いたサポートはコメダブレンドとシロノワールに使います。 よろしくお願いいたしますm(_ _)m