楽しめ。父より
この1年、親父はめまぐるしい程忙しかったらしい。
ある会社の営業サポートの仕事で、70歳にしてはじめてヨーロッパに出張に行ったそうだ。
はじめは、「寒いし、遠いし、めんどくせぇ」とブーブー言っていたものの、
その表情はまんざらでもなさそうで、
実際出張中は、ちょっと前に買ったスマホを使って、町中の写真を取ったり、Facetimeを試したりしていた。
結局ヨーロッパには、その後もう2回ほど行ったそうだが、
さすがに毎回同じ街に行くのは「もう飽きた」とのこと。
先日、久しぶりに両親と食事をする機会があった。
地元で人気の海鮮料理の店。
寿司、刺身は勿論、煮付け、炒め物、蒸し料理なんでもあり。
そこそこ名が知れ渡っているようで、車に乗って1時間以上かけて来店するお客もいるらしい。
ただ、親父はいつもタコとか焼き鳥とか、貝類ばかり食べる。
海沿いの街に半世紀以上住んでいるくせに、魚が嫌いなのだ。
「だって、生臭いんだもの。」
意味が分からない。
この日は、予約が取れず仕方なく外で順番待ちをすることになった。
親父は、暇になると相変わらず誰彼かまわず話しかける気さくっぷりを全開にしており、この日も私より若い二十代ぐらいの男性と何やら話をしていた。
「1時間も待ってるの!?そりゃぁ、ここまで待ったら途中で『どっか他の店行こうか』とはならねぇわなぁ(笑)」
一通り、若者としゃべくったあと、
親父は私にこんなことを言った。
「最近、正直仕事が物足りない。
もっと何かできるんじゃないか、もっと色々やれるんじゃないか。
そりゃ、金も稼げるに越したことはないんだけど、
それよりもっと、なんかやってみたい、と思うんだ。」
親父は、世間一般でよく言う「仕事人間」のタイプではない。
ただ、「現役」で居続けることにもの凄く執着しているのはよく分かる。
冗談でも年寄り扱いすると、ムキになって怒り出すし、
一度だけ、電車で席を譲られた際には、本当に凹んだらしい。
多分それは、人生をトコトンやり尽くしたいのだろう。
隠居などという概念は親父には無い。
興味を持ったらとにかくやってみる。
やってみて、ダメなら仕方ない。
70歳という年齢だって、ただの数字。
落ちた体力は経験や知識等、他の
「うまくいかなかったらどうしよう」と将来の自分を心配しても、
結局それは、自分が失敗した時に言い訳にしかならない。
ならば、結果を憂うよりも、今、現在をトコトンやり尽くす。
それが、「心配のネジを外す」ための、ちょっとしたコツなんじゃないだろうか。
ちなみに、親父はこの食事から暫くして、
今度は中国に飛び立っていった。
相変わらず「人が多いし、めんどくせぇ」とブーブー言ってはいたものの、
やっぱりその表情は、どこか楽しそうだった。
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