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中華料理と手相と恩師

中華街にて

中華街で食事をした後に中国茶と肉まんとシルクのポーチを買って、時間があったので手相を見てもらった。悩みがあるとか、占ってほしいことがあるとか理由があったわけではなく、なんとなく誘われたのだ。

こちらから情報を与えまいとガードは固めに表情は柔らか目に、私は両手を差し出した。開口一番に「なにか、勉強とか修行とか、されてますか?1対1で向き合い、相手の動きを読む、将棋のような?」と聞かれてしばらく考えて、「将棋は出来ないけれど、ん?1対1、剣道?趣味で剣道のお稽古をしています」と答えると「ああ、なるほど、剣道、剣道が見えてるのか」と納得する占い師。そのやりとりで、私のガードは緩んでしまった。「はっきりした二重知能線なので、文武両道で剣道はずっと続けた方が運気が上がります。頑張って続けてください」と思いがけずエールを頂いた。そして「あなた、とても優しいです。すごく優しさに溢れている人です」と今まで言われたことのない賛辞も頂いてしまって、涙が滲んでしまった。「何事も自分で立ち向かう、人のために行動する人。ものすごく深く考えて、考え抜いて、行動しますね。その力は優しさ、です」と魔法のような言葉を貰って、本格的に泣きそうになったので「金運はどうですか?むふふ」と話をはぐらかした。

私を支えるもの

私は新卒でホテルに就職し、配属されたのは、新規オープンするホテルの営業部。開業準備室で女性の支配人に、社会人として、ホテルマンとして、大人の女性として育てて頂いた。当時の支配人は、おそらく今の私ぐらいの年齢だったのだと思う。仕立てのいいスーツを着て、高価で長く愛用していることがわかる腕時計を身に付け、常に整えられたショートカットヘアーで、小柄だけれど凛とした大きな存在感がある女性だった。接客や電話の応対だけでなく、準備室で交わされる会話の全て支配人からの指導があったので、休憩中であっても制服を着ている間は、マジでとかヤバイとかという言葉はもちろんのこと、ら抜き言葉や省略した表現も注意を受けるので、私たち新人は常に緊張していた。日頃使ったことのない「さようでございますか」という応対の言葉がなかなか身につかなくて、「さようでございまするか」としばしばおかしな物言いになってしまって冷や汗をかいた。

女性支配人がまだ珍しい時代だったので、新規オープンするホテルは、女性支配人であるということがアピールされたり記事になったりして、私たちは細やかな気配りや、物腰の柔らかい所作を開業までにしっかりと身につけるよう研修が続いた。航空会社の教育係をされていた方を招いて、新しいホテルのロビーの鏡面の壁の前で、メイクや髪の整え方、発声、立ち方、礼の仕方、掌の差し出し方、歩く歩幅などの練習を繰り返した。

ある時、私は休憩中に「自分がお客様をおもてなしをするときに、自分の中にある優しい気持ちが湧き上がってきて行動しているのではなく、ホテルマンを演じている気がする。優しい自分を演じているのかもしれない。私には優しさが欠けているような気が子どもの頃からずっとしていた」と同僚に話したことがある。そのとき衝立の裏側で支配人が窓の外を眺めていたことに気づかなかったので、支配人が現れて「演じていてもいいんじゃないかしら」という一言をかけてくださり、私だけでなく同僚も驚いた。

私は営業部に配属され婚礼や宴会をされるお客様との打ち合わせとホテル各部門への手配の仕事の担当になった。結婚式をされるお客様は私より歳上の方がほとんどだし、そのご両親も自分の親よりずっと歳上だし、行き届いたおもてなしを目指すよりもまず失敗しないことにばかり気がいってしまった。そんなときに支配人は「あなたは就職の面接のときに、将来はホテルでどんな仕事をしたいかを聞かれて、支配人と答えた人なんだから、慌てずにしっかりと私の後に続いてきてちょうだい」と私は支えられたのだ。

そしてホテル開業後、1年半で支配人は中華街に程近い場所にオープンするホテルに異動された。別れの日に支配人は私に、「またいつか一緒に仕事をしましょう」と、ご自分のジャケットをくださった。そして、異動先のホテルがオープンしてしばらくすると、あなたをこちらに呼ぶことにしたと連絡をくださって、私は支配人の下で働くことになった。20代前半の私が支配人に呼ばれて新しい部署で働くことになって、面白くない態度を取る歳上のスタッフが何名かいたが、支配人は「ここから先、あなたを支えるのは私の存在ではなく、あなたが身につけた言葉遣いや所作や気配りです。強くおなりなさい。強くなれば優しくなれるから」と私が大人になるための背中を押してくれた。あれから年月をたくさん重ねても私はその言葉を忘れないし、身につけたものを失わないよう老いていきたいと思っている。

金運と仕事運

「今、本当はしたいことがあるのではないですか?」と占い師に言われてギクリとした。子育てをしながら就いた仕事は自分がやりたいことではなく、条件で選んだからだ。そして子育てを終える今、本当にしたかったことについて、想いを馳せることがある。けれどもこの年齢での転職は難しいに決まっていると諦めているし、それが妥当だと思っている。「転職するとか、そういうことだけではなく、あなたが本当に求めていることを目指せば、それは結果としてわりとたくさんのお金になるから、仕事になる」と占い師が私の掌を見る。占いは信じるか信じないかではなく、いかに私のエネルギーにするかだと考えた私は、私にとって何が運気を上げるものなのかを聞いてみた。「やりたいと思っていることに、しっかりと考えて取り組んでみるべき。二重知能線があるから文武両道の剣道は続けると運気が上がること。剣道以外の芸術的なことにも取り組むとよい」そうだ。

そして「しっかり考えて行動するあなたの強さと優しさは、あなたを支えますから」と占い師に言われて私は支配人を思い出したのだ。そして紹興酒の飲み方を教えてくれたのも、支配人だったなあと懐かしんだ。次に中華街を訪れるときは電車を使い、紹興酒を頂こう。