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女の子剣士と女子会

「女子会したい!せんせー、お願い!」「男子も男の先生も、ママたちもいない女子会!」と稽古が終わると、私は小中学生の女子に囲まれた。パワー全開純粋さ100%の彼女たちに7対1で囲まれると、もう逃げ道はない。彼女たちはママたちをねじ伏せ、私の休日と自分たちのスケジュールを照らし合わせ、副支部長先生にお願いをして団地の集会所を借り、 宿題を完璧に終わらせるというママとの約束もやり遂げた。

そして、女子会当日は少しおしゃれをして、それぞれが会費の500円を握りしめて、スーパーで待合せをした。私は中学生のリーダーに5千円を渡して、サンドイッチとおにぎりと唐揚げ、お菓子と飲み物を買ってねと彼女たちから離れる。皆で相談しながら、買い物をする。5千円ってやばくない?なんて言いながら、大金に緊張し、与えられた自由に興奮し、店内を行ったり来たりする皆を、私はレジの隣のコーヒーコーナーでお茶しながら眺めていた。レジの前まで来た彼女たちは今日の女子会はノンアルコールのカシオレだったら2本飲んでいいよと私を呼ぶ。お年寄りとすれ違うときは道をあけるし、小さな子どもがいるとカートを止める、商品の金額を読み上げる子、必死で電卓を叩く子、サラダも食べなきゃダメかなと悩む子、はしゃいでいるのに様々なことに皆は気を配る。この様子は全部ママたちにこっそり報告しよう、私だけが楽しんだら申し訳ない。

ランチもお菓子も一緒に並べたいとテーブルセッティングをして、飲み物を配って乾杯をした。リーダーの中学生が「まずは剣道の話からしておこう、一応ね」とか言いながら、全日本剣道選手権大会の○○選手の小手が鋭いとか、△△選手の面は超速いとか、小学生らは手刀を振り、おじさま剣士の飲み会みたいになる。そして私は思い知る。このお嬢さんたち、「○○選手の小手を自分の必殺技にするぞ」って言えちゃうのか。輝く未来のある子どもたち、末恐ろしいがかっこいいぞ、そして羨ましいぞ。

「ねえ、今日は思い切り色んなこと話しちゃおうよ」とオレンジジュースで始まる無礼講、見守る大人の私は存在を隠すように黙ってカシオレ2本目をちびちび飲む。
「ママは私に気合いが足りないとか、速く打てとか言うけどさ、自分がやってから言って欲しいよ」 「うちのじいじは剣道の先生だから、細かいこと言うの、だから親は剣道しない方がいいよ」「パパは試合で勝てって言うけどさ、勝ちと負けのどっちかしかないんだから、勝つのは難しいんだよ」「人と比べられても困るよね、ママだって他の美人ママと比べられたら怒るよ、絶対」

もう勘弁してちょうだい、ママたちつらすぎる。「ねえねえ、そしたらママたちはどうしたら、いいの?」とママたちの代弁をすると、皆はそんなの簡単という顔で私を見る。
「細かいことは言わないで、うまくいったときだけイイ感じで誉めてくれればいいのよ」って、子育ての格言を掲げ、「でも本気で応援してくれるから、ありがたいんだよ」って実感のこもった感謝も述べる。

「あのね、それからね、最近男子に勝てない、悔しくて、男子にムカつく。自分にもっとムカつく」と皆はキャラメルコーンを頬張る。なぜかピーナッツは私のお皿に集められる。そして、「どうしたら勝てると想う?せんせー!」「せんせーは四段なのになんで三段のT先生に勝てないの?頑張ってよ。あとね、女子高生にも勝たなきゃダメだよ!」って、お皿のピーナッツをつまみにカシオレを飲み、油断している私に迫る。だってだって、だって三段のT先生は30代空自のリバ剣の男性身長180cmじゃん、女子高生はお肌も心もピチピチじゃん、私とは別の生物じゃん。
どうやら彼女たちが今回集まりたかったのは、今まで部内戦で圧倒的に女子が勝っていたのに、最近は男子に勝てなくなったことを語り合い、作戦を練りたかったらしい。
ポテンシャルの高い彼女たちは、足さばきも素振りも素直に取り組み、先生方の指導に耳を傾け目を見開き、わからなければ質問をする。一方で、気づけば脱走したり、跳び箱の後ろに隠れたり、水飲み場でびしょ濡れになったり、水筒を隠したの隠さないのと、男子はお祭り騒ぎなので、女子の意気込みには気づかない。しかし、5、6年生になると彼らは彼女たちより大きくなり、負けん気が出てきた。自転車に乗って走り回る行動範囲が広くなり、腕も足もたくましくなった。パワーとスピードもついてきた。

おそらく男子は今、女子に勝てるようになったから、楽しくてのびのびと稽古をしている。そして、それが面白くない皆は、苛立ちながら焦って稽古をしてる。力が入って右手で引いてる。前に出てないし、打ち抜けてない、形が崩れてきている。先生方もおっしゃっていたよ。基本を大事にして、しっかり構えて気合いを込めて真っ直ぐ振ろう、かっこいい剣道をしよう。まずは自分を鏡に映そう。私も皆と同じ。自分の癖を知って、どうしたら変えられるか、自分について考えてみよう。 そして皆で知恵を合わせて考えよう、と促すと、リーダーが中心になって、皆はお互いの癖を指摘し合い、上手なところは憧れて、うまくいく方法を考える。学校も学年も違う彼女たちは、顔を近づけくっついて作戦会議をする。私はまだ防具をつけていない子どもたちとコアラのマーチを絵柄別に並べながら、皆の話に聞き耳を立てる。コアラを握った子どもたちは「皆、剣道が好きだねえ」と私に囁く。

いつか絶対に集会所じゃない女子会をしたい、とお片付けの時間に皆が絡みついてきたので、大人になったら海岸通のビストロで、鎌倉野菜のバーニャカウダと湘南しらすピザとタコのカルパッチョを注文して、キラキラ光るスパークリングワインで乾杯しましょうと誘った。「行きたい、行きたい、デザートも頼むの!」とはしゃぐ一番年下の小学2年生がお酒を飲めるようになるのには、あと12年あるらしい。老け込むな、私。頑張れ、私。皆と一緒に頑張って、出来ることなら女子高生に、勝ってみたいぞ。