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女の子剣士と女子会 2

道場に通う女の子たちが小学生だった頃、近所の集会所を借りて、スーパーでおにぎりやサンドイッチや唐揚げやお菓子を買って、女子会をしたことがある。
そのときに、集会所ではなくてコアラのマーチやキャラメルコーン、ペットボトルや紙コップではない、大人のカッコいい女子会をいつか必ずしてね、と小さな右手の小指たちにせがまれて、約束をした。

あれから7年、まだ彼女たちはお酒は飲める年齢ではないが、恋愛話をしたいお年頃になったので、女子会開催のリクエストに応えて駅前のカフェバーを予約した。お店のマダムに、15時からお酒を頂く大人が1人、スイーツ大好きの中高生の女の子が5、6名でお願いしたいと相談すると、「それはとても楽しみなお茶会!」とバーテンダーを呼んで、おしゃべりが弾むテーブルの配置を指示してくれた。

稽古に通っていた10人の剣道女子は、あれから部活や勉強が忙しい年頃になった。剣道を引退した子、部活で剣道を続けている子、息抜きに道場に1ヶ月に1回来る子、など行動範囲も興味の幅も広がって、みんなが揃って顔を合わせることはなくなった。

彼女たちがいなくなった稽古は、私にとってはとてもさびしくて、心細い空間になった。

小手は差し出すように打て!の差し出すってなに?とか、竹刀を抱えるなって言われたけれどビビると竹刀が前に出ないもん!とか、こっちから体当たりしてるのに逆に飛ばされてるし!とか、悩みや不満やアクシデントを皆で「そうよ、そうよ!」と分かち合って、「剣道女子なめんなよ」って円陣を組んでから、それぞれが列に戻っていく。かと思うと、私のところにやって来て技を試してみて納得してから、男の子たちにかかっていく。私には剣道の難しい技や勝つ方法を教えてあげる力はないが、元気や勇気というお団子を皆で練って丸めて串に刺して頬張る方法は伝授できる。そして食べ終わった後の串を高く掲げて、ほらこれが絆ってやつよと、よくわからないけれどかっこよくて気持ちのいい残心は示せる。そうやって、彼女たちは、いつだって仲間と剣道に励んできた。

以前のまだ小学生だったときの女子会では、男子に勝てなくなってきた悔しい、という話がメインだった。悔しくて男子にも自分にもイライラしちゃうし、人より頑張れっていうママにも頭にきちゃう、とサキイカをつまみにオレンジジュースをグイグイ飲んでいた。背が伸びて逞しくなった彼らに勝つなら、美しさを追求しよう、きちんと構えて心を整えて勇気を出して真っ直ぐ打ち切ろう、とあのときの皆の心はひとつにまとまった。

さて、今日久しぶりに集まった皆は、自分のスマホを持つようになって、お姉さんっぽいファッションをするようになって、文系か理系かどちらを選ぶかって話になって、コイバナも盛り上がる。男子に負けてたまるかって勝ち気だった女児が、恋の駆け引きについて語るようになる。
数年前は、剣道形をするときは女優になったつもりで演じるのよ、決められた動きをしっかり覚えて、数台のカメラに撮られているみたいな緊張感を持って緩急を意識する、と私が皆にアドバイスをすると、皆の動きが変わった。
今日は皆の失恋話から、「友だちに話せないような相手と恋をしたらダメよ」とアドバイスをすると、まるで稽古の時のように、皆は素直に頷く。グイグイくる剣道とか、自分勝手な剣道とか、逃げてばかりの剣道とか、恋も同じだからね、と言えば、「そう、それ!」と瞳が輝く。

受験生になった子には、「絶対に勝っておいで、眉間に皺を寄せて勉強しないであの時の稽古みたいに楽しんで勝っておいで」と声を掛けると、「私は絶対に勝つ!」と親指を立てる。

5年前に中学受験のために退会した子は、「今年からはとにかく勉強して大学に行きたいの。合格したら、また剣道をはじめて、せんせー、初段受かるかなあ」と、剣道を続けている皆を見ていたら、初段の審査を受けたくなってきたそうだ。私が剣道を続けていくための希望は、いつだって皆が与えてくれる。

私が通う道場は、女性剣士がいない。だから負けん気の強いまっすぐな朗らかな皆は、いつだって私の大事な友だちだったし、これから先もそうであってほしい。

彼女たちがいなくなった稽古は、私にとってはとてもさびしくて、心細い空間になった。
けれども、彼女たちがいつかまた帰ってくるかもしれないここは、私が守るべき故郷だ。日々の稽古に一喜一憂しながら、竹刀を振り回してここを耕しておくからね、と、娘たちの里帰りをのんびりと待っていよう。