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カルマか呪いか、それとも罰か、娘の反抗期

ドイツでの父親の育児への関わり方や悩み、そして自身の懺悔についてお話ししたいと思います。

コロナ渦でのお誕生日会

昨日は娘の11歳の誕生日でした。クラスのお友達の女の子を3人招いて、このコロナ渦なので小規模な誕生日パーティーをしました。今週はものすごく天気がいいので 、街の中心にあるアルスター湖でSUP (大きめのサーフィンを湖上に浮かべて、オールで漕ぐスポーツ) パーティーをしました。女の子たちは暖かくてキラキラした天気の中、4人で一つのサーフィンに乗り大はしゃぎしていました。大人の我々もサーフィンに乗って子供たちとは違う方向に小一時間、木漏れ日の落ちる湖上の散歩を楽しみました。

父親にできること

彼女の誕生日パーティはいつも気持ちの良い初夏、これまで何度もやってきた誕生会は、母親と娘で話し合って、彼女たちのしたいようにやるのが基本ですが、父親ができることも少なくありません。食べ物を出したり片付けたりする裏方仕事を手伝ったり、子供たちと綱渡りしたり水を掛け合ったりして一緒に遊んだ楽しい思い出があります。

ドイツでの父親の育児への関わり方

現代のドイツはとても多様な国なので、「一般的」というくくりで語るのがなかなかできないのですが、それでも父親の育児への関わり方は非常に積極的です。

父親も育休が取れるドイツは、幼稚園や学校の送り迎えやベビーシッター、家事やら大工仕事やら、とにかく家庭に貢献します。普段でも残業が基本なく休暇がたくさんあるので、それらを家族と過ごすことに使います。

その反面、離婚率は高く、別れた父親と母親の間を往復する子供が多い現代ですが、子供の誕生日には分かれた夫を招待して一緒に祝う、という風景がごく普通に見られます。日本だとちょっと考えにくいですね笑

今年は様子が違いました

まずコロナの影響による規制で、たくさん人を招待する事ができず小規模のパーティでした。前記した様にドイツでは子供の誕生日会はとても重要なイベントなので、それの縮小を迫られた子供たちは2020年のコロナを生涯忘れないでしょう。

そして去年からギムナジウム(中高一貫校)に通うようになった娘やそのお友達の女の子達が、お年頃で扱いにくいのです。オジサンがどうこうできる雰囲気ではありません笑。一緒に遊ぶという年ではもうないのでしょうか、それとも私が女子の機嫌を損ねるようなことをしたのでしょうか? 一生懸命に娘の誕生日を楽しくしようとして努力する父親がウザいのでしょうか? 可哀想なオレ笑。

環境の変化

ドイツの小学校は4年生までで、そこからどちらかというと勉強のできる子と、そうでない子に分かれてそれぞれ進学します。娘は昨年の9月からギムナジウムという、中高一貫校に5年生(小学校から続けて数えます)として通っています。中高一貫だから在校生は幅広く、下は5年生 (11歳) 上は12年生 (18歳) の大人の様な大きい子も通っているので、その前の小学校の時とは環境が大きく違います。

自立するということ

そのせいもあって娘の自立が一層早まったことに大きな感動を、そして自立に伴う反抗期に突入したことを嘆いています。一人娘ということもあって、とてもたくさんの時間を一緒に過ごしたけれど、いまはむかし。いうことを全く聞かず本当に腹立つし、ギクシャクして楽しくないし、全てに否定的で悲しい。

カルマか呪いか、それとも罰か

私も10代の時はひどい反抗期があって、その時にお父さんやお母さんを怒らせたり、悲しませたことを今まさに追体験させられている様で、これはカルマか呪いか、それとも罰か。親の心を子は知らず。数年前に他界したお母さんにはもう謝ることはできないけど、お父さんに、私が10代にした態度を心から謝りたい。ごめんなさい、許してください。今、苦しみ、罰を受けています。

この罰はいつまで続くのだろう

私自身も親のことを気にかけたりするようになったのは、ずいぶん大人になってから、20代後半だっけな? それを考えると憂鬱で呪わしい。

追記

初めてNoteに書いた長文が、赤裸々な自身のパーソナルな苦しみの告白、というのはどうなのかな?と思ったけど、自分の子供達といろいろな段階を過ごし、そして関係性に悩んだりしている人たちに、どこでも誰にでもそんな痛みがあるということが届けば、もしかしたらほんの少し救われるかもしれないとも思いました。またその段階に入っていない人や、もう過ぎた人、そもそも反抗期とかなかった人たちにも届くといいと思います。

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