地獄サンタ 特別篇【2009.12.】

                          2009年12月23日
                        地獄サンタクロース課

              《 特別通達 》

  以下の者にクリスマスプレゼントを与えるまで、帰還するべからず。

                 記

         居住  :  この世 日本国広島県
         氏名  :  華守樹
         写真  :  あり(別添)

                               以上

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 くそっ! なんだ、このフザケた通達は?
 なんだってこの世くんだりまで出向く羽目になってんだ? この世にはこの世のサンタがいるじゃねえか。オレは地獄サンタだぜ?
「すごいねえ、ロック! 本当にこの世だよ。しかも日本! あたい、一度来てみたかったんだよね。あっ! あれが宮島? 大鳥居がある! うわー、鹿がいっぱいー」
 なんでトナカイが鹿見て喜んでんだ?
「『宮島や ああ宮島や 宮島や』!」
 アンジー……。それは松島だ。
「いいから、遊んでないでターゲット見つけろよ」
「うん、でも地獄とは勝手が違いすぎて……。あ! いた!」
「本当か? どこだ?」
「ほら、あそこ! この世のサンタ! すごいねえ、行列ができてるよ! この世じゃ、人間の方から出向いて来るんだねえ」
「そんなわけねえだろ。あれはサンタじゃねえ、カーネルサンダース人形だ」
「なに、それ?」
「トリ肉買うのに並んでるだけだ」
「トリ……?」
 ああ、もう、めんどくせえ!
「貴様は知らなくていい。ターゲットを探せ!」
「今、絶対『めんどくせえ』って思った」
 アンジーはむくれた声を出した。


 この世に舞い戻るのは三百年ぶりだ。ビルに、車に、イルミネーション……。信じられねえほど、景色は何もかも変わっちまった。しかも、おそろしく人間が多い。これじゃあ、ガイコツトナカイが鼻を利かせたって、そう簡単には見つからねえな。
 とある町に入った。アンジーはゆっくりとソリの高度とスピードを下げ、大通りから裏通りへと入っていった。
「ソリを電線に引っ掛けるんじゃねえぞ」
「わかってるよ」
 と、一人の女と目が合った。
 植木鉢がびっしりと並んだベランダに突っ立ってやがる。このくそ寒いのに、鉢植えに水を遣ってたのか?
 女がベランダから身を乗り出した。
「ロック! やっと来た! 思っとったより遅かったねえ。迷った?」
 なんだなんだ?
「貴様がかずきだな。なんでオレが来るのを知ってやがった?」
「だって、通達出させたの、あたしじゃもん」
「なんだと?」
「あんた、何者?」
 さすがのアンジーも気になるらしい。
 かずきは意味深に含み笑った。
「それはすぐにわかるんじゃない? どうせあたしのログ、読むんじゃろ?」
 ……だから。なんで貴様はオレの行動パターンを知ってんだ? まあいい、読んでやろうじゃねえか。
 オレは、ヤツの部屋のベランダへ飛び降りた。
「三百年前の日本人は、やっぱり背が低かったんじゃねえ」
 どうなってんだ? オレがかつて日本人だったことまで知ってやがる。
「ほざけ。貴様も立派なちんちくりんだ」
 指の骨をかずきの額に当てた。
 コイツの人生を辿るんだ。
「読むのはええけど、口外したら個人情報保護法違反じゃけえね」
 だから! なんでコイツはこんなにえらそうなんだ!


 ――ふうん。なんてことねえ半生だな。特に善いこともしてねえが、際立って悪いことをしてるわけでもねえ。
 ちょっと変わり者だ。……あぁあ、気が強えなあ。
 うん? パソコンに向かってなにやってんだ? ああ、ブログか。このご時世、猫も杓子もブログだからな。何書いて――。


 下顎が落ちた。ベランダのコンクリートの上でカランと派手な音を立てる。慌てて拾い上げた。
「うはっ! 下顎が落ちるのを生で見られるなんて感激!」
 かずきのヤツは手を叩いて大喜びだ。
「うそうそ。冗談よ。大丈夫? 骨折しとらん?」
「訊かなくてもわかってんだろ」
「うん。わかっとるよ。よかったね、骨折せんで」
 かずきはにっこりと笑った。
 ……おっかねえ女だ。コイツはオレたちの世界の全てを握ってやがる。オレどころか、地獄サンタクロース課長さえ、いや、閻魔だって釈迦だって操れるんだ。
 地獄サンタの作者なんだからな! 登場人物は誰も逆らえねえ!
 くそっ! だからこの世の人間なんかに通達がでたのか。滅茶苦茶職権乱用じゃねえか!
 ……とんでもねえ女のところへ来ちまった。とっとと仕事を終わらせてあの世へ帰るに限る。
「かずき、貴様にクリスマスプレゼントをくれてやれ、と地獄サンタクロース課から通達が出ている。能書きや質問は必要ねえだろ。とっとと願え」
「えー? キメ台詞もなし?」
 いい年こいてはぶてても、かわいくねえんだよ。
「なしだ」
「ちぇ、わかったよ。……ほうじゃねえ、迷うねえ。海外旅行にも行きたいけど、旅行を頼むくらいならどこでもドアを頼んだほうがお得じゃしねえ。んー……使っても使ってもお金が減らない財布とか? 死ぬまで老化現象を止めるとか? いやいや、いっそのことドラエもんを……」
 欲の塊だな。その前に、呼びつけるくらいなら、最初からプレゼントくらい考えとけよ。
「うん、よし、決めた!」
 そりゃよかったな。
「とっとと願え」
「うん。あたし、ブログしよるんじゃけどさ、いつも読みに来てくれる方々がおってんよ。その人たちの来年を、今年よりもいい年にしてくれる?」
 なんてめんどくせえプレゼントだ!
「何人いると思ってんだ?」
「過疎ブログじゃけえ、十人ほどよ」
 簡単そうに言うよなあ。本名も知らねえくせに。一人一人オレに調べろってか? ……けど、逆らえねえ。
「待ってろ」
 オレは二つの眼窩の間に指を当て、集中をはじめた。
 かずきの魂のログと平行してインターネットへ入り込んで、サーバーを経由し相手を特定していく。それを一人ずつ繰り返すしかねえ。
「最近ファンになってくれちゃった人も忘れんとってね」
「わかったよ!」
「あとね、ブログは開設してないけど、最近来てくれての人がおってじゃろ?」
「わかったって!」
 ……ああ、くそっ! なんてめんどくせえんだ。地獄じゃこんな複雑な仕事はしたことねえぞ。一、二、三……全部で十二、いや十三人か。
「受理だ。もう変更はきかねえ」
 疲れた。くらくらする。
「ご苦労さん」
 かずきは悪びれもせずに、笑ってやがる。
「用が済んだんだから、オレはもう帰るぞ」
「えっ? もう帰るん? おにぎりあるよ? あっ、寒いけえ、たまご雑炊にする?」
 たまご……雑炊……。
「……帰るったら帰るんだよ!」
 ベランダからアンジーのソリへと飛び移ったとき、危うくアスファルトへ転落するところだった。
「ロック、危ない! 落ちたらさすがに骨折するよ?」
「う……うるせえ、アンジー」
 オレはもう本当にへとへとなんだ。
「仕方がないねえ。じゃあ、気ぃつけて帰りんちゃいね」
「来年は呼ぶんじゃねえぞ」
「それはまだなんとも言えんねえ」
「呼ぶならセブンにしとけ」
「ああ、それもええねえ」
「くそっ。……あばよ」
 アンジーが空を蹴った。
 みるみるかずきのベランダが遠ざかると、やっと生きた心地に返った。……いや、もうとっくに死んでるんだけどよ。
「ねえ、ロック」
「ああ?」
「せっかくこの世に来たんだから、もう少し観光して帰ろうよ? 尾道水道とか! なんだったら、京都まで足をのばす?」
 もうこの世はこりごりだ。
「そんな暇はねえよ。とっとと戻って報告書と手続きだ」
「ええ? もったいない!」
「十三人もいるんだぜ? とろとろしてたら忘れちまう」
 指を折りながら確認していく。深海魚だろ、麻耶だろ、おたけ、mommy、珊瑚カエル……よし、ちゃんと全員覚えてる。
 オレは振り返った。
 もうかずきなんか見えねえ。密集した町の明かりが、見たこともねえ光の渦を作っている。
 たまごといい、この明かりといい、日本は豊かになったんだな……。
 そうだ! 地獄サンタクロース課に戻ったら、たまご雑炊を頼みゃいいじゃねえか。たまごなんて食ったことがねえ。
 ああ、そうか、かずきのヤツめ! オレがたまごを食ったことないって知ってて、あんなこと言いやがったな! ……まったく、やっかいな女だ。
「アンジー。オレは、かずきの機嫌を損ねるようなことをしなかったか?」
「え? なんでそんなこと気にするの?」
「……なんでもねえよ」
「別れるとき、笑ってたけど?」
「ならいいんだけどよ。……今後オレに何かあったら、何もかもヤツのせいだと思って間違いねえぞ」

                           終


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