地獄サンタ7 焦熱地獄の六郎太1

 ごうつくばりな地主め、今泉倉蔵のヤツめ! なにもかも貴様のせいだ。
 日照り続きで米の収穫は半分も落ち込んだっていうのに、いつもどおりに厳しく取り立てられたんじゃ、たまったもんじゃねえ。朝から晩まで汗と泥にまみれて田を耕しても、腹いっぱいどころか握り飯ひとつ食えねえじゃねえか。
 おかげで娘のおようが死んじまった。生まれていくらも経たねえってのに、可哀相によ。
 挙句、女房のおトヨまで……。おようが死んじまったのは自分の乳が出なくったせいだと責めて責めて、とうとう気が病んじまった。
 それこそ狂ったように謝り続けたり、訳のわからないことを言い出したりする。
 オレがおようの墓の前で拝むと、不思議そうな顔をするんだ。腹を痛めて産んだ娘を、綺麗さっぱり忘れちまったらしい。
 オレにはどうにもできなかった。おトヨの傍で辻褄の合わない話に頷いてやるのがせいぜいだった。
 だが不思議なことに、暫くするとおトヨは落ち着きを取り戻しはじめた。病は治ったんじゃねえかと、村では噂が囁かれたほどだ。
 相変わらずおようのことは忘れたままだったが、それ以外はオレから見ても随分マトモな様子だった。おかしな言動も減り、よく笑いよく働いた。
 ……だからって、目を離すべきじゃなかった。ほんの少しなら大丈夫だろうなんて、思っちゃならなかった。


 あのとき、オレはおトヨにしつこいくらいに言い聞かせた。
「いいか。夕餉にする大根を取って来るだけだからな。すぐに帰ってくるから、どこにも行っちゃあならねえぞ」
「おまえさま、大丈夫だったら」
 おトヨは笑って頷いた。
 なのにオレが戻ったとき、家はもぬけのからだったんだ。
 大根を放り出し、大慌てで暗がりへ飛び出した。家の周りにもいねえ。井戸に水を汲みに行ったわけでもねえ。おトヨを呼ぶ声は、だんだんとでかくなっていった。
 オレの普通じゃねえ声を聞きつけて、村の男衆がざわざわと集まってきた。皆で手分けをして村中探し回ると、やがておトヨは見つかった。冬の凍りかけた水路に浮かんでいたらしい。水路脇の土に滑り落ちたような跡があり、そこから足を踏み外しちまったんじゃねえかという話だった。
 おようの土まんじゅうの前でその話を聞いたオレは、眩暈がして動けなかった。


 数日後には、おトヨは土葬された。村外れの墓地にあるおようの小さな土まんじゅうの隣だ。
 オレは田も耕さずに二人の墓の前にうずくまり、それからの何日かの間、根が生えたようにその場を離れなかった。村の衆がオレを心配して何か声をかけていたような気もするが、よくは覚えちゃいねえな。


 何日目だったかにふらり立ち上がると、行灯の油を持ち出した。それを今泉の屋敷の門前で頭からざんぶりかぶり、自分の体に火をつけた。
 体からぼろぼろと炎を零しながら、今泉倉蔵のでかい屋敷に上がりこんだ。今泉倉蔵と使用人たちが悲鳴を上げて逃げ惑う。その様子を冷えた気持ちで眺めながらオレが考えていたのは、見るからに高そうな今泉倉蔵の着物を燃え盛るこの手で掴んでヤツを道連れにしようか、それとも見逃してやろうかということだった。
 だが、心に決着がつかないうちに力尽き、逃げ場のない火の海の真ん中で大の字に倒れた。
 見れば畳の上だ。笑いが込み上げてきた。可笑しいったらねえ。おトヨと暮らした家には畳なんかなかったっていうのに、オレは畳の上で死ぬらしい。
 髪や体の焦げる臭いはたまらなかったが、熱さはもっと耐え難かった。熱風を吸い込んで喉の奥まで焼けて、呼吸もできなかった。それでもどうにか息を吐けば、口からは煙が出た。
 そんなになってもまだ死ねねえんだ。
 焼身自殺だけは、どんなことがあっても二度とやらねえな。ひと思いに首をくくるか切腹した方がよっぽど楽なんじゃねえか?
 そんなどうでもいいことを考えているうちに、とうとう意識が遠のきはじめた。
 やっと死ねる。この我慢できない熱さと空腹にはおさらばだ。おトヨとおように逢いに逝くんだと歓喜した。
 オレと逢ったら、おトヨ、おめえはどんな顔をするんだ? おめえとおようの仇を殺せなかった不甲斐ない亭主に呆れ顔か? それともオレらしいって笑うか?
 おめえが笑ってくれたらオレも笑っちまうな。いや、泣いちまうかもしれねえ――。


 そこで、オレの思考はふつりと途切れた。
 死んじまったに違いねえ。なのに、オレはまだ空腹のまま焼かれ続けている。熱くてたまらねえ。息苦しくて、体が焼け焦げる厭な臭いがする。
 なんでだ? 大体、ここはどこなんだ?
 見えるのは、どす黒い赤の世界だ。赤い空と黒い雲、針を積み上げたような山やら、血を溜めたような池やら、この世のものとは思えねえ物の怪までがうようよしていやがる。
 まるであれだ、子供の頃に村の和尚に聞いた地獄だ。……そうか。ここは地獄なんだ。コイツは地獄の業火というヤツに違いねえ。
 仕方がねえな。どうにもならねえごうつくばりとはいえ、人様の屋敷を焼いたんだからな。誰も死なせちゃいねえってのに甘くねえ……ああ、いや、オレは死なせたな、オレを。
 ともかくだ。誰でもいい。この炎を何とかしてくれ。熱くて熱くて死にそうなんだ――。

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