地獄サンタ9 焦熱地獄の六郎太3

「願いの前に、二三訊いてもいいか?」
「なんだ、まだ決まらないのか?」
「セブン、私が答えましょう」
 苛つくドクロを、落ち着いたウマが諌めた。
「……仕方ないな」
 ドクロはそっぽを向いた。
 拗ねたのか? 表情も目もねえんだから、わかりにくいったらねえ。
「六郎太。どうぞ、質問を」
 もしかして、ドクロよりウマのほうが偉いのか? いや、ウマじゃねえな。温厚そうなのに、ウマと言われてえらく怒っていた。まあ、オレもサルと呼ばれたら怒るしな。ええと、なんて言ったっけ?
「とりあえず、名前をもう一度聞かせてくれ」
「私はガイコツトナカイのナイト、こちらは地獄サンタのセブンです」
 オレは注意深く口の中で復唱した。
「地獄中を回って贈り物をするのが仕事なのか?」
「そうです」
「そして、聖人?」
「その通りです」
「飯は腹いっぱい食えるのか?」
「食べる必要はありません。しかし、食べでも障りはありません」
「食いたければ食える?」
「ええ」
「要は、自由なんだな?」
「聖人ですから。あなた方囚人とは違います」
「何が二三だ。質問ばかりいい加減にしろ」
 業を煮やしたセブンが口を挟んできた。せっかちなドクロだ。
「ああ、もう決めた」
「なら言えよ。セブンさまが叶えてやる」
 大きく息を吸い込んだ。
「オレを地獄サンタにしてくれ」


 一瞬空気が凍りついた後、カランと乾いた音を立ててセブンの下顎が足元へ落ちた。
 ヤツは慌てて拾い上げて埃を払い、骨折してないか確かめるように上から下から眺め回した。それからおそらくはほっとして、丁寧に定位置にはめこんだ。
「もしかして……驚いたら顎が外れるのか?」
「うるさいな。おまえが変なことを願うからだ」
 言いながら、セブンは眉のない眉間に人差し指と中指を当てた。
「ふうん、自殺か。まあ、女房と赤ん坊に死なれちゃ、恨みつらみも最もだけどな」
 ……なんだ、コイツ? オレの人生が見えているのか?
「口は悪いがひとは悪くない。どっちかっていうと、正義感もある。……まあいいだろ、最近人手が足りないって話だしな。受理してやるよ。もう変更はきかない」
 骨だけの指先が、オレの眉間へとあてられた。
 オレが四度瞬きした頃、ヤツは指を離してふん、と笑った。
「おまえも、今日からはせいぜい気をつけるんだな」
「……なにを?」
 視界の端に、赤いものが映った。
 見下ろすと、セブンと同じ赤の衣と骨だけの手だ。慌てて骨の指で顔を探った。
 柔らかい皮膚の感触なんかじゃねえ。硬く渇いた――骨だ。
 カラン、と音がした。
「それ、おまえのだからな。ちゃんと拾っとけよ」
 セブンが指さしたオレの足元には、骨が転がっていた。オレの下顎らしい。
「貴様! 誰がガイコツにしろと言った!」
「地獄サンタはガイコツだと、昔から決まりきっている」
 ナイトが、オレの下顎を口で拾い上げた。
「ほら、六郎太。失くしたら大変ですよ」


 下顎をはめたオレは、ナイトが引っ張るソリの荷台に乗せられた。地獄の赤い空を飛んで、地獄サンタクロース課とやらへ連れて行かれるらしい。
 上空から見れば、なるほど地獄だった。血の池に、針山に、火炎に、吹雪……崖の下の暗闇は奈落の底か?
 ソリの下を覗きこんでいた目を、真上へ向けた。……ああ、目玉はもうないんだっけな。とにかく見たんだ。
 黒い黒いぶ厚そうな雲に覆われて、お天道様なんて見えやしねえ。
 雲の上は、極楽か?
 おトヨ、およう……おめえらは、極楽にいるんだろう? いつか、必ず逢いに行ってみせるぜ。だけどよ、ガイコツなんかになっちまったから、逢えてもオレだってわからねえかもしれねえな……。
「なあ、六郎太」
 手綱を握ったセブンが、振り返った。
「ああ?」
「地獄サンタの六郎太、って語呂が悪くないか?」
「貴様、母ちゃんがつけてくれた名前を馬鹿にする気か!」
「はは。おまえ、やんちゃだなあ。俺、東洋の名前なんて呼びにくいからさ、あだな考えてやったんだぜ。あだななら構わないだろ?」
「あだな?」
「六郎太だからロックってどうだ? 地獄サンタのロック。イカスだろ?」
 地獄サンタのロック。
 ……悪くねえ。名を変える気はねえが、あだななら。
「厭なら、私は六郎太と呼びますよ」
「……いや、ロックでいい」
「よし、決まりだな」
「では、私もロックと呼ばせていただきましょう」
「ああ、構わねえ」
「セブン、ロックにパートナーのガイコツトナカイを探してあげなくてはいけませんね」
 パートナー……ってなんだ? 文脈からすれば相棒か? くそっ。言葉からして覚えんとな。
「そうだな。ナイト、おまえに心当たりは?」
「近々新しいガイコツトナカイがやってくる、という噂があるにはありますが」
「新人同士っていうのはどうかなあ? まあ、課長がいいようにしてくれるさ」
「そうですね」
「久しぶりに人事異動が発令されることになるかもな」
「ええ。たまには必要です」
 なんだよ、オレのことをあれこれと……。セブンもナイトも、結構いいヤツラかもしれねえ。
 そういや、ひとは見かけで判断しちゃいけないって、母ちゃんが言ってたっけ。……ひとかどうか怪しいけどな。
「なあ、ロック。俺はいつも不思議なんだ」
「なんだよ?」
「どいつもこいつも、なんで天国へ送ってくれ、って願わないんだろうな?」
 一瞬の間があり、コトンと音がした。木製のソリの荷台に、オレの下顎が落ちたんだ。
 ソリから転げ落ちる前に急いで拾った。
 さっきセブンもナイトも、顎を拾えと言った。失くしたら、めんどくせえことになるに違いねえ。
「そ、そんなの反則じゃねえか!」
「なんでだよ?」
「なんでって……極楽なんか別世界だろうが」
「勿論、別世界だ。けど、それがどうした?」
 なんだよ、その言い方?
「……願えば、昇れたのか?」
「誰ができないなんて言った?」
 なんてこった!
「言っとくが、もう変更できないぞ」
 ちらりと荷台のオレを振り返り、セブンは先回りして釘を刺した。
 オレは骨の掌を持ち上げた。肉がねえもんだから、動かすたびにカシャカシャと乾いた音がする。
 骨の、地獄サンタの体――オレの願いはすでに叶えられた。
 セブンは言った、よく考えてから願えと。変更はきかないと。
 ナイトは言った、願いはなんでもいいと。オレの質問に答えると。
 それなのに、訊かなかったのはオレだ。
 どうして訊かなかった? 先入観だ。決め付けだ。オレは思い込んでいたんだ、いくらなんでもそりゃ無理だろうって。
 だってそうだろう? 地獄行きの烙印を押されたオレが地獄から出られるなんて、思わねえよ。 
「ロック、悲観することはありません。地獄の囚人からは脱却したわけですから。仮にも聖人ですよ。ああ、そうだ、あとで食事を用意させましょう。何がいいですか?」
「……食える気がしねえ」
 あんなに腹が減って減って仕方がなかったってのに、そんなことどうだっていい。
 骨折しそうなほど両手を握り締めた。
 くそっ。ガイコツじゃ、涙も出ねえ。

  *  *  *


 あれから三百年。
 オレはアンジーの走らせるソリで地獄の赤い空を飛びながら、あの日と同じようにぶ厚く垂れ込めた黒い雲をただ見上げている。
 今しがた、今年の仕事を終えたところだ。
 ターゲットは今泉倉蔵。オレから大事なおようとおトヨを奪い、オレの人生を狂わせたヤツだ。
 今頃、神になったヤツは水底の社で呆然としてやがるだろう。そして、幾らもしないうちに煙のように消えることになる。
 おトヨとおようには未だに逢えねえ。
 聖人ならよ、そのうち極楽に出入りする機会もあるかもしれねえと思っていた。だが、地獄サンタクロース課の所属である地獄サンタが、地獄から出ることなんてないらしい。
 オレは又とないチャンスを逃しちまった。この骨の手は、雲の上の極楽へは届かねえ。
 けどよ、おトヨもおようも極楽にいるに違いねえんだ。
 ……だったらいい。おめえたちが極楽で達者に暮らしているなら、それでいい。
「ねえ、ロック、三蔵法師は女だったって知ってる?」
 東洋かぶれのガイコツトナカイのアンジーが、また藪から棒におかしげなことを言い始めた。
「……知らねえな」
 男だろ?
「じゃあ、沖田宗司が女だったっていうのは知ってる?」
 ……何の勘違いだ? めんどくせえ、適当に相槌打っとくか。
「さあな」
 オレが本当に知らねえと思い込んで、アンジーのヤツは段々得意になってきやがった。
「じゃあさじゃあさ、光源氏は女だったって知ってる?」
 どう考えても男だ。しかも実在しねえ。
「誰に聞いたんだ、そんな話?」
「テレビで観たのよ」
 この世は恐ろしいまでに目まぐるしく、あらゆるものが変わっていく。書物では情報が追いつかないと、地獄サンタにこの世のテレビが支給されたのは二十年ほど前のことだ。
 アンジーが、日本の番組を好んで観るのは知っているが……まさかとは思うけどよ、ドラマで女が演じているのを、本気にしてるんじゃねえのか? 夏目雅子だろ? 牧瀬里穂だよなあ? 天海祐希だぜ?
「そのうち、三蔵法師がターゲットにならないかな?」
「アンジー、徳の高い坊主は地獄送りにはなってねえんじゃねえのか?」
 どっちかっていうと、沖田宗司のほうが逢える可能性は高いだろ。人斬ってんだからよ。
「あ、そっか。残念」
 アンジー、貴様の勘違いだらけの東洋かぶれは何よりめんどくせえ。めんどくせえんだが、こんな気分のときは救われたりもする。……ほんのちょっとだけどな。
「ねえ」
「ああ?」
「どうしたら餡寿って呼んでくれるようになるの?」
「どうしたって呼ばねえよ!」
 やっぱり貴様は、ただのめんどくせえ東洋かぶれのガイコツトナカイだ!




六郎太がロックだとどこでわかりました??
①最初から(地獄サンタではオレ=ロックに決まっている。)
②途中で(なんとなくアレッ?てかんじで。言葉遣いで。中篇最後のキメ台詞で。)
③セブンがあだなをつけるまで分からなかった

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?