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無自覚の青春(2022/01/10)

夕方近所を散歩していると、男子小学生二人が遊び終わって、それぞれ自転車で帰宅しようとしている瞬間に立ち会った。

二人は自転車で反対方向に進んでおり、
二十メートルほど離れたところで、Aくんが、「じゃあまた明日ね」と言った。
するとそれをBくんは聞き取れなかったらしく、「なにー?」と大きめの声で聞き返した。
するとまた、「また明日ー!」とさっきよりも大きな声でAくんが言うと、
それでも聞き取れなかったBくんは、「聞こえなーい!!」と大きな声で言った。

それでも二人は反対方向にちょっとずつ進んでいっている。
その分二人の声はどんどん大きくなっていく。

「また明日ー!!!」
「なにーー!?」
「また明日ーーー!!!!」
「聞こえなーーーい!!!!!」

何ラリーかした後、最後にAくんが、
「明日ねーーーーー!!!!!!!!」と叫んだ。
するとBくんが、
「明日ーーーーーー!!!!!!!!」と答えた。

泣ける。
最後に大声で友達に、明日も遊ぼうねと叫んだのは、いつだったか。

私はこういう、少年たちの「無自覚の青春」に出会うと胸が苦しくなるのだ。

彼らにとっては至極当たり前なことが、人生においてとっても短く儚いことであることを、彼らはきっと自覚していない。

そしてこんなことを考えてしまう私は、きっと大人になりすぎている。青春を自覚どころか客観視し、言葉で表してしまっているなんて……。

青春を一度体験し、それを振り返ってしまえば、もう二度と青春に無自覚になることなど出来ないのだ。

誰か! 私の辞書から青春という文字を取り除いてください! そうすれば、私ももう一度青春を体験することが出来るのだから!! 

       この現実はフィクションです日記

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