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2023年度日本語教育秋季大会後の徒然

 大会後の徒然を書いてみたいと思います。

1.外国人技能実習制度に求められる日本語教育 ─ 誰のため? 何のため?
 栗又由利子さん、藤波大吾さん、助川泰彦さんの報告があった。助川さんのは、少し例外的で、日本への送り出しが多いインドネシア、スラウェシ島のマナドという町と茨城県大洗市の話。
 栗又さんと藤波さんの発表の日本語教育的な重要結論。
(1) 仕事の上での日本語は間に合っている。というか、「仕事」上は、挨拶をした後は、もう話すことはなく、黙って作業している。*仕事の指示や要領などは、各国語の説明書で説明されている。
(2) しかし、本人認識としても雇用側認識としても、日本語力が不足している。
(3) それは「会話」。
 技能実習制度で来た人たちのための(←「に対する」ではないだろう)日本語教育はこの10年くらい割合充実してきたと思う。それ以前は、「放置」されていたよう。しかし、もう10年経っているのに、まだこんな議論、「外国人技能実習制度に求められる日本語教育 ─ 誰のため? 何のため?」をしている! これって、「何を教えたら、習得支援したらいいのか、いまだにわからない!」 ということだよね。
 上に書いたように「技能実習制度で来た人たちのための」ということを考えたらわかるだろうし、雇用側としても、かれらとかれらを取り巻く日本の人がどのように会社の中(及び場合によってはその拡がりとしての会社の外でも)で過ごしてほしいと期待しているかを想像するとわかりそうなもんだよね。和気藹々と日々を気持ちよく快適に過ごすというのがいいわけです。それは、おしゃべりのチャンネルが開いて、少しずつでもおしゃべりが展開していって、お互いのことに興味を持って、わたしの暮らしとあなたの暮らしを分かち合うことです。おしゃべりと交流がキーです。社会や会社、具体的には人と人の間<among>に融け込むというのは、人間の実用的な活動の隙間<between>にある。そして、「間」(あいだ、amongとbetween)は、ニーズ、ニーズと言って実用的で顕在的に現れる部分ばかりに目を向けていては見えてこない。技能実習制度で来た人たちのための日本語コースは、自分のことをあれこれ話せるようになることと、指示のオペレーションができるようになることと、この2つの柱でいいと思う。

2.同様の技能実習生のための日本語教育関係の発表
 技能実習生のための日本語教育関係の発表が他にもいくつかありました。関心は1と同様、日本語教育や就労・生活支援研修として何をすればいいのか、というような発表でした。(もちろん、一部しか聞いていません。)
 これって、上でも示唆しているように教育や研修の企画の入り口で逡巡している感じ、あるいは、入り口で自分たちの実践の方向や目的・目標を決められないでいる感じ。
 そんな意味で言うと、1の栗又さんの実践は、指示のオペレーションができるようになることと、おしゃべりあるいは自分のことをあれこれ話せるようになることという2本立てでコースを企画しているとは明示的にはおっしゃいませんでしたが、実際にはそのようになっているように思った。つまり、自分たちの実践の方向をしっかりと決めて、実践をしているということです。学習成果を見せてくれたビデオから。
 これは、栗又さんの教育企画者としての優れた直感に基づくものでしょう。

3.日本語教師の養成・研修関係の発表
 これもかなりたくさんありました。こっちの方面の発表、さまざまな「試み」とその「成り行きと成果(consequence)」を記述し報告するという意味で各々興味深く充実していたと思います。ただ、そうした研究の成果が教師の養成・研修という関心のどこに繋がるのかの見通しが、発表から感じることができなかった。(わたしの聞いた範囲では!)
 教師の養成・研修などに関する「試み」をめぐる研究は、養成・
研修の指導内容の「発見」と、指導方法の開発に関わるのだと思います。そして、その両者を合体させると、養成・研修のコース/カリキュラムの開発に関わるということになります。そのような「見通し」がないと、せっかくの「試み」をめぐる研究が「根無し草」になってしまうような。
 ちなみに、教育開発においては、教育の領域(domain)を、認知領域、心理・運動領域、情意・態度領域という3つに分けるのが一般的です。(cf.taxonomy of educational objectives) 今回発表があったさまざまな「試み」は、情意・態度領域に関わる関心が主だったように思います。ただ、一方で、視野や視点を拡げる/豊かにするというような関心もあったように思います。
 この「視野や視点を拡げる/豊かにする」というような教育内容は、上の3つの領域のどれにも入らないように思います。わたしとしては、上の3つの領域に加えて、第4の領域として「視野・視点豊富化領域」というようなものを付け加えた方がいいのかなあと感じました。

4.複言語実践、複数言語往還実践(translanguaging)などの研究
 この方面の研究はすごく充実していたと思います。上の1の中の助川さんの研究を筆頭に、佐藤正則さんと三代純平さんの「複数言語資本による社会参加の形 ─ サハリン残留日本人永住帰国者2世のライフストーリーから」、トムソン木下千尋さんの「越境を生きる繋生語の子どもたち」(オーストラリアにおける大規模な全国調査に基づく、オーストラリアの国際結婚カップルの子どもの複言語往還実践の状況とそれを取り巻く環境と充実した複言語話者の成り立ちと複言語話者というアイデンティティの形成、などの話)など、どれもとても興味深く、感銘を受けました。一つの研究分野が確立されつつあることを感じました。

 他にもたくさん優れた発表、報告、(交流ひろばでの)ディスカッションなどがあっただろうと思いますが、残念ながら体が一つしかないので、聞くことができませんでした。残念!

 今回の学会は、4年ぶりの対面開催でした。参加者は、東京や大阪などの大都市以外の開催としては異例で、500人を超えました。そして、どの会場でも、会場の外でも、そして交流会でも、そしてそのafterのそれぞれの「懇親会」でも、ほんとうに参加者相互で活発に交流が起こり、「4年ぶりの再会」を喜び合っているように見えました。対面での開催では、日本語教育者、日本語教育研究者、日本語教育関係者等にとって、情報交換、意見交換に留まらず、相互の人と人としての交流、そしてそこから仲間意識や連帯意識そして志を同じくしているという意識が醸成され、それらが共有されてその後のそれぞれの立場でまたあしたからお仕事に受持する活力になるのだなあと感じた次第です。
 開催を支えてくださった皆さん、そして、参加してくださった皆さんに感謝です。

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