リキシャワラー バングラデシュの思い出
”チャイでも飲まねえか?疲れたろ。” 僕は乗ってただけなのでほとんど疲れはなかったがアブドゥルはかなり参ったんだろう、暑い中リキシャを漕ぎっぱなしだったから仕方あるまい。アブドゥルは返事を聞くまでもなく道端に駐車して茶店のオヤジに注文を入れている。
この国の人は8月でも熱いお茶を飲む。アブドゥルはコンデンスミルクをしこたま入れたチャイが好きなようだ。コンデンスミルクの缶にかなりの数のハエがたかっていたがごく普通のことであるらしく追い払う動作もせずに店のオヤジは淡々とチャイを淹れている。
”あんた、ミルク入れるのかい?” ”いや、甘い茶は好きじゃないんだ。ストレートティーで良いよ。” ”そうか、ジンジャーはどうだ?” ”ああ、それが良いな。” 甘いチャイは嫌いじゃないが目の前の状況を見たら生姜が入ってるほうがまだマシに思えた。もっともストレートティーでさえ怪しい。
アブドゥルはバラ売りのタバコを咥えて煙と茶を楽しんでる。
一服して再びリキシャの座席にもたれ非日常を写し取ろうとカメラを構えるがこの国の人は自分を撮れ撮れアピールが多く願ったり叶ったりなのだ。撮ったあとカメラのディスプレイを見せるだけで満足してくれる。
”なあ、200タカちょっと出しててくんねえかな、孫娘に初めての靴を買ってやりてえんだよ。日当から引いてくれ。” クリーニング屋兼よろずやの軒にぶら下がってる小さな靴を手に取りながら何故か上目遣いでアブドゥルが言う。
小さな靴が入った紙袋をとりあえずカメラバッグに入れて預かる事にした。オッサンにこんな風にねだられたのは初めてだったのでつい気を許してしまったのだ。上機嫌のアブドゥルは移動中もダッカ市内のランドマークを解説しながらペダルを漕ぐ。
”あそこには大統領が住んでるぞ。俺たちのホワイトハウスだな。”
”あれは証券取引所だ” ”株の売買は一般的なのか?” ”知らん、場所だけだ”
”左にあるのはポルノ映画館だ” イスラム国家なのにそんなのがあるのか。たしかにイスラム圏にしては露出度が高い女性の写真やイラストが描かれてるな、しかしこれ以上のコミュニケーションはアブドゥルとは不可能なので深くは聞けない。そういう場所が営業できることに少し驚いた。
”アブドゥルちょっと待って、じっくり写真撮り…”まあ、いいや。
超大手シアトル系コーヒーチェーンのパクリロゴ見つけたと思ったがセイレーンのロゴがヒゲのオッさんと分かっただけでいいか。
僕をホテル前で降ろし普段よりかなり多めの日当と紙袋を手にしたアブドゥルの満面の笑みは明かりが少なくなった路上でもはっきり見えた。しばらくこのオッサンの顔は忘れないと思う、多分。
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