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(54)集う力 〜社協×SePTの試み〜

 2022年10月2日、世田谷区玉川地域社会福祉協議会事務所(以下社協)と世田谷パブリックシアター(せたがや文化財団)の共催で、社協の事業を伝えるための演劇公演を行いました。私は演劇をつくる過程で、ワークショップを進行したり、演劇をつくるための手伝い(演出のようなこと)を担当していました。

 演劇をつくる過程で、また演劇公演の時に考えたことなどを一度まとめておこうと思います。
※写真は全て世田谷パブリックシアターのtwitterからお借りしました。

【54】-1 インフォーマンス

 世田谷パブリックシアターの学芸事業では、いわゆる劇場での公演以外のこと、つまりワークショップやレクチャー、区内の小中学校での出張ワークショップなどをたくさん行っています。ワークショップからつくる演劇を、劇場や劇場以外の場所で発表することも多数行っています。
 その中のひとつに、地域連携プログラムという事業があります。

 地域連携プログラムは、世田谷区内の施設やNPOなどの非営利組織と協力し、演劇やダンスを活用してコミュニティのニーズや組織の抱える課題などに取り組むことを目的としています。今回は「社協の事業が分かりにくいと言われているので、伝えるための手伝いをしてほしい」と社協から世田谷パブリックシアターの学芸担当(以下SePT学芸)の恵志美奈子さんに相談があり、私がその進行を依頼されたというものでした。

 社協とSePT学芸は数年前から協同でワークショップなどを行っており、問題を演劇をつかって討論するフォーラムシアターを試みたこともあります。今回、この話を聞いた時に「適しているのは、フォーラムシアターというよりもインフォーマンスに近いかもしれない」と私は話しました。

 インフォーマンス(Informance)は、インフォメーション(Information_情報)とパフォーマンス(Performance)の造語で、PETA(フィリピン教育演劇協会)が言っていたものです(と記憶しています)。つまり、例えば山奥の村などに「こんなことで困ってませんか?こんな制度がありますよ」というようなことを、演劇で分かりやすく伝えるためにつくられたものです。

【52】-2 社協の事業

 社協には様々な事業がありますが、今回は「ふれあい・いきいきサロン」「私のノート」「地域福祉権利擁護事業(以下あんしん事業)」の3つを取り上げました。

ふれあい・いきいきサロン(通称サロン)
地域支えあい活動の中の一つで、主に高齢者や障がいを持つ方が参加できるものです。実はサロンは、「ふれあい・いきいきサロン」以外にも子育てサロンなどもありますが、今回は高齢者に限ったものを扱うことになりました。
サロンは、高齢者の地域との関わりを目的としているので、講座のように偉い先生が話したり教えたりするのではなく、「やってみたい」という人がサロンを開くことも出来ます。
もちろん開かれているサロンに、参加するだけでも構いません。

私のノート
自分のこれまでのことやいざという時のために記しておくことなどを書き込むノートですが、いわゆるエンディングノートとは違い、「これからをふりかえり、今後どうやって豊かな人生を送っていくのかを助けるためのノート」として活用されることを目的としています。

あんしん事業
書類を一緒に見てほしいとか、銀行に振り込みにいってもらうなど、日常のサポートをする事業です。一律に決まった業務を行うのではなく、個人によって内容が変わります。成年後見制度(認知症や知的障害、精神障害などにより、自分ひとりで判断ができない状態にあり、自分一人では契約や財産の管理などをすることが難しい方が、自分らしく安心して暮らせるようにその権利を守り法的に支援する制度)の一つ前のサポートとしての利用が期待されています。

【52】-3 学生ボランティア

 今回はプロの俳優などと一緒につくるのではなく、学生ボランティアを募り、学生ボランティアが演劇をつくりました。

 今回の目的のひとつには「社協の事業について、地域の高齢者に内容を知ってもらう」ということがあります。そもそも社協についてあまり知られていないのに、コロナ禍で、特に高齢者の外出が控えめになり、地域の連携、地域との関わりが少なくなっていったため、まず「地域とのつながりをとりもどすために」という大きな意味があります。あつまった学生の中には「自宅にきた回覧板に演劇のボランティア募集が載っていたので、思いきって参加してみた」という人も複数人いて、高齢者のみならず、世代を超えたコミュニケーションの促進の意味合いもあります。

 また、もうひとつ「若い人たちに社協のことを知ってもらう、福祉人材の育成」という意味合いもあります。今回参加された学生も、福祉を専攻する学生はほとんどおらず、社協を初めて知ったという学生の方が多かったのです。これから高齢化社会が加速していく世の中、福祉人材の育成は早急に解決する必要があります。

 そういう二つの意味合いから、学生ボランティアを募り、集まったメンバーで演劇をつくることになりました。

【52】-4 どのように演劇をつくっていったか

 では実際にどのように演劇をつくっていったかを、簡単に紹介します。これまで私のワークショップ(特に一定程度の期間をかけて演劇をつくるもの)に参加されたことがある方は、目新しいものはないかもしれません。でも、目新しいものがないからこそ、応用できることであり、可能性があるかなぁとも思います。

1日目
・参加者(ボランティアの学生)同士が知りあう(コミュニケーションゲーム、演劇的なゲーム)。
・あんしん事業の支援員※の方に話をうかがう(取材)。
・うかがった話の一部を演劇にする。

※支援員
世田谷区が募集した、地域に住む安心事業で実際に利用者のお手伝いをする方。面接(かなり厳しいそうです)や研修を経て支援員になります。社協の職員である専門員の助言を受けながら事業にあたります。

支援員に話を聞く


演劇的な表現の練習

2日目
・開かれているサロンに実際に参加する。
 体操やおしゃべり、歌などを中心に活動するサロンに参加。
 毎回趣向を凝らしているが、今回は「防災」についての講座もあった。

3日目
・コミュニケーションゲーム
・民生委員の会長さんに、自分の経験や「私のノート」についての話を聞く。
・2日目に行ったサロンについての報告劇(実際に行われたことを再現する演劇)をつくる。
・「サロン」「私のノート」「あんしん事業」について、自分が一番興味・関心のあるグループに分かれる。最後につくられる演劇は全員でやるとしても、とりあえず中心になって考える事業を決める。

どんな演劇にするか相談

4日目
・サロンを立ち上げた人に話を聞く
・「サロン」「私のノート」「あんしん事業」について、社協がどんなことを伝えてほしいのかを学生と共有する。
・取材したこと(話をうかがったこと)、体験したこと(サロンに行ったり、自分で私のノートを書いてみたりしたこと)、社協の伝えたいことを踏まえ、それぞれのグループの新聞※をつくる。
・新聞の一部を演劇にする。

※新聞
壁新聞のように、模造紙に大きな紙で作ります。見出しや記事の配置(トップ記事は何か)、社説(自分の思うこと)、広告、風刺マンガなど、新聞の構成は演劇の構成に非常に似ています。新聞づくりは演劇の台本づくりに近い活動です。


新聞を作成中

5日目
・それぞれのグループで演劇をつくり、見せあう。
・意見交換をしてつくりなおす。


世田谷社協のキャラクター「ココロン」と練習
伝えたいことは何かを話し合う

6日目
・試演会。社協職員の知り合いの方(民生委員など)につくった演劇を観てもらい、意見をもらう。
・頂いた意見をもとに、また社協が気になるところなども意見を出してもらい、グループでつくりなおす。
・グループでもう少し出演者が必要な部分を、他のグループの人に手伝ってもらう


試演会の様子

7日目
・リハーサル※

※各グループとも、15分程度の演劇をつくりました。
発表会の時間が1時間半程度を見込んでいるので、演劇を15分上演した後に15分程度の感想や質疑応答の時間を15分ほど取る計算でつくっています。


一人何役もやるので、分かりやすいように名札をつける

8日目
・本番(午前と午後の2回公演)


本番。サロンの「面白川柳」

【52】-5 発表会で私が感じたこと

 発表の場所が余り広くないということもありますし、まだまだコロナの影響もあるため午前午後とも20名ずつの観客を募集しました。ところが、キャンセル待ちが出るほどの人気で、私たちが見てほしくてお呼びした人もいるので、どちらも30名以上の観客で埋まりました。

 「私のノート」の演劇の時には、実際に何人かの方に「私のノート」の質問項目を見に来て下さった方に質問してみました。


劇中に質問をしているところ

 例えば「好きなことは何ですか?」「楽しかったことはなんですか?」という様な内容です(実際に私のノートにあります)。一人で書くよりも、誰かに聞いてもらう、誰かと話すということが、こんなに豊かなものなのかと改めて思いました。
 もちろん私のノートの中にも「介護について」「認知症になったらどうするか」というような内容もありますが、書くことを強制するものではありません。自分の書けることから書けば良いですし、それが楽しいことだと伝わったのは、社協としても嬉しいことだったのではないでしょうか。

 サロンの演劇の中では、再現シーンとして「簡単な体操をする」という場面があるのですが、観客に「実際に一緒に動いてみましょう!」と言ったら動いてくれますし、「ふるさと」を全員で一緒に唄ったりもしました。


軽体操で首のストレッチ

 一人ではなかなか動かさないからだも、こうやってみんなでやると出来ますし、そもそもこの演劇の発表の場にやってくることが、地域との関わりの第一歩ですし、身体を動かすことにもなります。

 あんしん事業の演劇の後には、「支援員とは本当に信頼できる人なのか?」「騙されないか」というような質問も出ました。この時は社協の専門員の方に出てきてもらい、演劇では伝えきれなかったことを解説して頂きました。そう言う意味でも「インフォーマンス」としての演劇は、非常に有効に活用されていたのではないかと思います。

 かしこまった場での演劇ではないし、気軽に、しかしとても重要な伝達手段として、今回の演劇は良かったと思っています。インターネット(HPやSNSなど)で全てが伝わるものではないですし、そもそもスマホなどが使えない高齢者も少なくありません。
 また、実際に同じ時間・同じ空間に集うことで、笑ったり考えたりすることを共有したり、疑問点にすぐ答えられるというのも、このような演劇の場の大きな特徴です。
 仮にIT技術を使いこなせる方がいたとしても、やはり「実際に集う」というのは非常に大きな癒やしになると、今回改めて感じました。集う力、なんて言っても良いかもしれません。

 まだまだコロナ禍と言って良いと思います。でも、完全に隔離する時は終わったのではないでしょうか?どのように感染リスクを低くしながら、楽しい時間を共有できるか、それがこれからのワークショップで考えていかなくてはならないことなのだと思います。


学生・社協・世田谷パブリックシアター

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