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引き満ち
とにかく生で見たかった。でもサボることができなかった。
当時の私は根が真面目だったのかもしれない。「サボる」は息抜き、いや、生き抜きなのに関わらず、その瞬間はひたすら机と黒板に向かって、アルファベットを記していた。この後2度と放映されないことを知らずに。
数日前に家電量販店に行き、貯めていた小遣いを使って最高画質が取れる60分と120分のビデオテープを購入した。標準録画のモードの設定と当日の録画予約も何度も確認した。
確か、メイキング番組が16時から60分だったので、それは生で見ることができた。と、同時に標準画質での録画。
見終わった後、サボれない私の心と見たいと思う心に揺れながらバスに。
帰宅はちょうど番組が盛り上がってた頃だった。追っかけ再生は当時、なかったので、途中からでも生で見ることができたのはよい思い出。
見ていた番組のチャンネルを家族にお願いして変えてもらうとこの曲を歌う前だった。
し、島倉千代子?誰なんだろう?と思いながら、聞いた。
そこからは、夢中になって覚えていない。とにかくコラボやマッシュアップがたくさん。今となっては当たり前のように流れているが、このときは斬新で聞いていて、見ていて楽しくてしょうがなかった。
次の日からは何度も繰り返し録画したそれを見続けた。いつしか歌われた曲を覚え、気に入った曲はレンタルショップへ探しに。音楽をかじっていたときも、この番組の中で歌われた曲からカバーをした。
培われたもの、ウエビングマップの如く私の頭の中には言葉の経験と音楽の経験が繋がり、小さなさざなみが大きな波になり、私の心の引き出しの構成の一つとなった。
そして
日々のnote巡り。目にした言葉。
「愛の漣」
記憶の引き出しが、「ポンっ!」と開いた。「漣」って「さざなみ」って読むんだと分かったと同時に。
たどった記憶。私が好きな歌い手さんがこの番組、奥様、そして、自分のライブと発表していることは、この歌詞には、音には何か秘密があるのではないかと。何度か繰り返し聞いた。
日々は繰り返す。漣の如く。
そこには「あなた」を思う「私」がいる。
数十年前の思い出とリンクして、いま、考えたことは今でもこの先もつながっているような気がしてならない。思い出と大事なことはいつでも波のように引いたり満ちたりして、私たちの心にゆさぶりを優しくかけている。
さあ、もう季節はとっくに過ぎているが、またあの番組、見る、か。