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【短編】幽霊に会いたい

 真治は今夜も墓地を歩く。
 最近は手当たり次第に墓地に出かけ、幽霊が出るという噂の場所にもわざわざ行く。

 霊感があると自称する人や、霊媒師にも会いに行く。しかし、14歳の真治にまともに取り合ってくれる人は少ない。

 時には霊媒師と話すのに30分で1万円支払ったこともあったが、これまで幽霊、亡霊、お化け・・・まぁ、呼び方は何でもよいのだが、この世のものではない何かに出会えたことや、存在を確信できたことは一度もなかった。

「あなたには霊感がないから会えないのよ」

 霊媒師のおばさんはそう言って笑った。
 真治がまだ14歳だから子ども扱いしているのだろう。10代半ばになればそれくらいの雰囲気は解るようになる。真治のように身寄りもなく、この齢で独り立ちしなくてはならない子にとってはなおさらだった。

 霊媒師のおばさんは真治の様子に気づき、ドラえもんみたいな声で

「何であなたは幽霊に会いたいの?もしよかったら教えて」

 と、聞いてきた。

「幽霊がいるということは、死んだ後の世界があるということだから」

 と、真治は自分にも言い聞かせるように言った。

「返すわ。これ」

 霊媒師のおばさんは真治に1万円札を返した。一度引き出しに入れたせいか、香水の匂いがする。

「亡くなった誰かに会いたいのね?」

「はい」

「死んだ後の世界があれば会える。と、そう思うのわけね?」

「はい。また会える可能性はある・・・ということになるのかなと思います」

「ふふ。大人っぽい言い方ね」

「幽霊は本当にいますか?」
 真治は恐る恐る質問した。

 霊媒師のおばさんの顔が少し曇った。やはり霊媒師なんてインチキなのだろうか。そんなことは何度も考えたことだし、覚悟はしていた。

 真治は先月、女の幽霊が出るという廃村に行った。

 最寄駅からバスで片道1時間もかかり、夕方到着した後は帰りのバスがない。こういう場所では、バスの運転手に引き留められることもあるのだが、幸い近所に民家もあり、他にも乗客が結構いたので事なきを得た。

 真治は一晩中、折りたたみの椅子に座り、崖の上から沢を眺めた。
 と言っても、暗闇で何も見えない。ただ暗闇を見つめているだけだ。
 200年前、娘が殺され、突き落とされたという崖の上に朝まで座っていても幽霊は出なかった。

 200年もこんな場所で生きている人を驚かせ続ける娘だなんて変な話だ。
 彼女はもう死んでいるし、彼女を殺した人間だって死んでいる。死後の世界で復讐するというのなら解るが、今を生きている、何のかかわりもない、彼女にとっての未来人を、こんな辺鄙な場所で200年も驚かせ続けるなんて見当違いも甚だしいし、地道な作業すぎる。

 娘は、江戸時代にこの地域を支配していた岩埜家に仕えていた。
 その家の一人息子に言い寄られ、体を許し、駆け落ちを企てたのが見つかった。一人息子は「自分は娘にそそのかされただけだ」と父に主張し、彼の愛を信じていた娘は口止めに殺されたのだという。

「まぁ、確かに酷い人生だったとは思うよ」

 真治はため息混じりに娘に語りかけた。

「でも君は殺されたのに、そんな酷い目にあったのに、君はまだ人間社会に何かを期待しているの?君は何のために人々を驚かせ続けているの?」

 娘は返事をしなかった。

「いるわ。間違いなくね」

 沈黙を埋めるためか霊媒師のおばさんは細くて長いタバコをケースから取り出し、金色のライターで火をつけてふかした。

「私ガンなの。うふふ。もうすぐ死ぬのよ。だから、幽霊になってあなたに会いに来てあげるわ。
 タバコもね。医者には絶対吸っちゃダメっていわれてるけど、私は死んだあとの世界があるって解ってるから怖くないのよ。うふふふ」

 そこまで言ってくれた大人は初めてだった。真治は嬉しかった。でも、それができるなら、もしも霊媒師のおばさんが自分の意志で真治に会うことができるのなら、真治の亡くなった両親や、事故の時に一緒に車に乗っていた愛犬のホウスケはなぜ、今すぐにでも真治の目の前に現れてくれないのだろう。

 声だけでもいい。「あの世はあるから安心して」と言ってくれさえすれば。再会がどんなに先の話でもいい。
 家族で出かけた、あの輝くような去年の夏の日にもう一度戻りたい。

「いい?死んだ人にはね、生きてる人と違う時間が流れてるの。生きてる人には1日でも、死んだ人にとっては10年だったりするのよ。だからすぐにとは言えない。でも必ず私は会いに来る。いいわね?信じてくれる?」

「はい」

 とは言った。

 しかし、やはり煙に巻かれた感はある。お金も返してくれたし、励ましてくれるのは嬉しい。幽霊をこの目で見て、死後世界の存在を確信することや、亡き両親・愛犬と再会できる可能性について誰かと語り合いたいと思っていたから、この霊媒師のおばさんと話をすることで随分と気持ち的には前向きになれたが、やはりこの霊媒師のおばさんは、今ここで幽霊や死後世界の存在を証明することはできないのだろう。

 礼を言って部屋を出る真治の背中に、霊媒師のおばさんは言った。

「亡くなったご両親にきっと会えるわよ。あと、ワンちゃんはまだ生きてるみたい。探してあげなさい」

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