見出し画像

実証研究紹介4:官僚制度と政治(1)-専門知識と行政における政治の影響力

このページでは自分の専門と関連する分野を中心に、最近の査読付き学術誌(英語)での社会科学の実証研究結果について紹介していこうと思います。このようなページを書こうと思った動機は、日本での政策議論や論壇等で国際的な査読付き学術誌での実証研究成果にあまり目が向けられていないと思ったからです。細かい内容紹介や訳出は時間の制約上できかねますので、この投稿が論文の存在を知るきっかけ程度になればと思います。紹介した論文の送付もできかねますので、ご自身で入手をお願いします。

コロナによる非常事態宣言時にも科学者からなる専門家会議と政治家の関係が話題になりましたが、官僚・公務員制度における政治家の影響の実証分析は近年積み重なりつつあります。理論的研究も多くみられるので、政官関係を議論をする際に理論・実証研究の動向を押さえておく必要があります。官僚制度の実証分析を近年多数実施している研究機関の一つにスウェーデンのヨーテボリ大学のQuality of Government Institute(政府の質研究所)があり、筆者もポスドク研究員として在籍していました(現在は研究員)。今回は、同研究所のメンバーが中心となった研究結果の一つで2018年に政治学・行政学のトップジャーナルの一つGovernance (10/176 (Political Science)5/47 (Public Administration))に出版された実証研究論文を紹介します。

Boräng, Frida, Agnes Cornell, Marcia Grimes, and Christian Schuster. 2018. "Cooking the books: Bureaucratic politicization and policy knowledge." Governance 31 (1):7-26.

タイトルのCooking the booksとは帳簿のごまかしという意味で、専門知識や政策的知識からして正しいと思われることが政治的影響力によって歪められることを意味します。エビデンスに基づく政策決定について、その必要性・有効性を主張する論文や論考等は見られますが、エビデンスに基づいた政策決定とはどういう状況で行われやすいのか、エビデンスが正しく使われる政策決定とはどんなものかというマクロな状況を踏まえた議論はあまり見られません。

同論文では世界約120ヵ国の約30年間のパネルデータ分析とアルゼンチンの統計を担当する政府機関の事例分析の組み合わせにより、官僚制度に対して政治的影響力が強い国はより政治的なバイアスの強い政策知識を生み出しやすいという仮説検証を行っています。官僚制度における政治的影響力が強い国としては例えば、アルゼンチン、ニカラグア、メキシコ等中南米の国、近年ではハンガリーやスロバキアなどもみられます。また日本については世界でも上位レベルで政治的影響力が少ない国に位置しています。

論文では政策知識におけるバイアスの指標として、World Development Indicatorsからのデータで統計が信頼できる方法で公開されているかどうか、という指標を用いています。官僚機構における政治的影響度の指標としてはヨーテボリ大学のVarieties of Democracy (V-Dem) projectの専門家調査から作成したデータを用いています。

官僚・公務員制度で政治的影響が強い場合には、1)現在の与党議員の再選を目的とするため統計データに上方バイアスがかかりやすい、2)バイアスのある統計データを公表する場合の人事上の報復に対する恐怖、3)内部告発が起こりにくい、4)正確な統計データを作り出す能力が形成されにくい、という説明を行っています(メカニズムについての証明はこの論文の対象外)。実証研究の結果、政治的影響度の強い官僚制度を持つ国では、統計に対する信頼性が低いということを示しています。アルゼンチンの事例研究からも同様のことを示しています。

官僚・公務員制度における政治的影響力についての理論的・実証研究は近年積み重なりつつあります。全部は紹介できないので、いくつかを紹介します。

Bach, Tobias, Gerhard Hammerschmid, and Lorenz Löffler. 2018. "More delegation, more political control? Politicization of senior-level appointments in 18 European countries." Public Policy and Administration 35 (1):3-23. doi: 10.1177/0952076718776356.

Cornell, Agnes. 2014. "Why bureaucratic stability matters for the implementation of democratic governance programs." Governance 27 (2):191-214.

Dahlström, Carl, Victor Lapuente, and Jan Teorell. 2012. "The merit of meritocratization: Politics, bureaucracy, and the institutional deterrents of corruption." Political Research Quarterly 65 (3):656-668.

Dahlström, Carl, and Victor Lapuente. 2017. Organizing the Leviathan: How the relationship between politicians and bureaucrats shapes good government. Cambridge: Cambridge University Press.

Lapuente, Victor, and Kohei Suzuki. 2020. "Politicization, Bureaucratic Legalism, and Innovative Attitudes in the Public Sector." Public Administration Review 80 (3):454-467.

Miller, Gary. 2000. "Above Politics: Credible Commitment and Efficiency in the Design of Public Agencies." Journal of Public Administration Research and Theory 10 (2):289-328.

Miller, Gary J, and Andrew B Whitford. 2016. Above Politics: Bureaucratic Discretion and Credible Commitment. New York, NY: Cambridge University Press.

Nistotskaya, Marina, and Luciana Cingolani. 2016. "Bureaucratic Structure, Regulatory Quality, and Entrepreneurship in a Comparative Perspective: Cross-Sectional and Panel Data Evidence." Journal of Public Administration Research and Theory 26 (3):519–534.

Rothstein, Bo. 2009. "Creating political legitimacy: Electoral democracy versus quality of government." American behavioral scientist 53 (3):311-330.



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?