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『ソルトバーン』持てる者、持たざる者の暗部(と局部)を露わにする怪作

『Saltburn』(2023年)★★★・。
公開:2023年11月17日(北米→全世界)
IMDB | Rotten Tomatoes | Wikipedia

恐ろしい。『太陽がいっぱい』(1960)あるいは『リプリー』(1999)に次ぐようなソーシャル・クライマーの暗躍。それを、2006年のイギリスを舞台に語る。

主人公のソシオパスぶりが激しい。激しくて、何度か鑑賞を止めかける。

オックスフォードの新入生、オリバー・クイック(バリー・クーガン)。根暗でおとなしい彼が、ひょんなことから超絶人気の花形同級生、フェリックス(ジェイコブ・エロルディ)との友情の輪に加わる。隠キャの同族と見込んで擦り寄ってきていた知り合いを棒に振り、フェリックスを中心に廻る人気グループに入っていくオリバー。依存癖を敬遠され、一度は距離を置かれそうになるが、ある告白をきっかけに再び急接近。オリバーはフェリックスの誘いを受けて、彼の実家、ソルトバーンでひと夏を過ごすことになる。

そこで待っているのは、持てる者と持たざる者の狂った動物園だった。

『ソルトバーン』は鑑賞者に酷だ。

何より、主人公の隠キャぶりが実に痛々しい。ジトっとした粘着気質で、高貴な男・フェリックスに吸い寄っていく様子を見ているのはなかなかに辛い。

一方、『Gran Turismo』のアーチー・マデクェ演じるフェリックスの従兄弟、ファーレイの上流階級気取りも好きになれない。フェリックスの浮世離れした父サー・ジェームズ(リチャード・E・グラント)と、ゴシップ好きな母エルスペス(ロザムンド・パイク)の無神経ぶりにも引く。エメラルド・フェネル監督の前作、『プロミシング・ヤング・ウーマン』に次いでひと役買っているキャリー・マリガンは、この動物園に長居しすぎた人間の悲哀を表現する。

このサメの水槽をどう泳ぎ切るのか。その興味が関心を維持していくことは確か。けれど、それ以前にチューンアウトする者がいても不思議はない。

ただ、中盤からオリバー青年の真の姿があらわれはじめると、以降は驚きの連続になる。一番の転換点は、中盤の「嘘」の露呈。終盤を迎えれば、あとは全員がどれだけ狂えるか、見届けないわけにはいかなくなる。(それだけ見ていたら見るのは当たり前だけど。)

富への圧倒的な憧れと所有欲。愛情。欲望。競争。その中にあって、純粋に恵まれた太陽の子がいる。そんな完全無敵な青年の良心とナイーブな性質を踏み台にして、一見不可能に思える壁を切り崩す、ソーシャル・クライマーの執念。誰もが潔白ではなく、因果応報とも言い切れない各キャラクターの結末を見届けるたび、得も言えない衝撃を受ける。

突拍子もない物語で、終幕には異物感もある。けれど、俳優陣のパフォーマンスと監督の演出がすべてを地につかせる不思議も体験できる。バリー・クーガンの怪演、ジェイコブ・エロルディの美男子ぶり、アリソン・オリバーの終盤の迫真の独白、アーチー・マデクェの嫌味さ加減、そしてロザムンド・パイクの存在感はどれも特級品。

2幕目の頭とラストのワンショットは撮影とプロダクション・デザインの見せ場で必見。

少なくとも、人間の暗部(と局部…)を見るのにぴったりな怪作だとは言える。はず。

(鑑賞日:2024年1月1日 @Amazon Prime)

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