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26. 北園克衛 若いコロニイ 国文社

夏の読書という短篇を書いたのはバーナード・マラマッドだったか、たしかに夏という季節ほど読書に耽りたくなる季節はなくて、それについて考えていたら、自分にとっての夏にまつわる本や、夏に読みたい本、または夏の読書そのものなどいくつも思い浮かんできた。
夏にまつわる本ですぐに思い出すのがこの「若いコロニイ」で、高い値段がついている本を買うことはあまりないのだけれど、これは署名はあるものの函欠けということもあり割安だったため、一万円以上を出して買うことを決めた。この本が売られていたのは、2015年に池袋のリブロが間もなく閉店するにあたって、かつてあったぽえむ・ぱろうるの期間限定の復活を目指し、一角に石神井書林の古本も並べられているなかにあり、この本を買うことはつまり、この機会に買うという経験でもあった。また、そのとき嬉しかったのが、内堀弘さんの著作にも何度か出てくる鶉屋書店の目録の在庫が十冊くらい積まれていて、それがたしか千円ほどで売られていたことで、その場面に出会えたのはまさに幸福そのものに立ち会えたような気持ちだった。
自分にとって「若いコロニイ」はまさに夏の詩集で、夏のことを思うとこの詩集に入っている詩を思い出し、それらの詩のことを思うと真っ盛りの夏のことを思い出す。

朝はジレツトがつけた青い小径から瞼のなかにはいつて来る
緑の化粧水が僕の掌を凍らせた

と始まる、海の日記という詩は夏の暑い朝にひんやりとした洗面台に向き合っている情景が目に浮かび、

遠いビイチパラソル
熱い砂の上に
僕たちは美しい影の日記を書いた

という結びは、砂浜に照り付ける太陽が影をくっきりと濃く描き出す様を思い浮かべる。そのように「若いコロニイ」には夏の詩が前半にまとめられていて、他の季節の詩もあるものの印象としては夏の一冊になる。

友よ またアポロが沖の方から走つてくる
雨のハアプを光らせて
貝殻のなかに夕焼けが溜まる

この驟雨という大好きな詩が入っているのはとても手が出ない「夏の手紙」で、この詩も夕立ちでさっと涼しくなる海岸をありありと感じられるが、自分にとっての夏という季節はただ暑いだけではなく、その対比として冷たい感触や涼しい感覚を味わう季節のように思える。たしかにそう考えると、冬は逆に火の暖かさやウールの温かい感触などを思い出させるのかも知れない。
そういった意味で、やはり「風の歌を聴け」は代表的な夏の本で、これを読みながら、蒸し暑いバーで水滴が垂れてきそうなクーラーの風を浴びながら冷たいビールを飲むところや、また、「海辺のカフカ」のようにひんやりと陰る図書館の室内で夏目漱石をじっくりと読むところを想像したい。
それでもやはり夏の読書といえば片岡義男さんで、片岡さんからは夏の読書のあらゆるシチュエーションを学んだように思える。いつか、目的地に向かう新幹線や暑そうな外を横目にしたホテルの部屋で片岡さんの本を読み耽り、日が暮れて涼しくなった街を歩きさらに読み続けるといった、入れ子の箱のような体験をしたいと思う。この夏もそのように、夏の間にゆっくりと読みたかった本を何冊か持ち、どこか遠くまで旅行へ行けたらいいのだけれど。

#本  #古本 #北園克衛 #内堀弘 #村上春樹 #片岡義男

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