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21. ユリイカ 2003年9月号 特集ブックデザイン批判 青土社

たしか矢口書店かアットワンダーの屋外の棚を見ていたら、横に女子大生らしき二人組が来て棚を見ながら、「クローニンだって。私の方が苦労人だわ」と言ったのを聞いたことがある。思わず上手いと言いそうになったけれど、読んだことのないクローニンはそのとき、ロシアの厳しい冬を乗り越える苦労人のイメージが植え付けられた。もうこれから一生、クローニンを見て苦労人を連想しないときは無いだろうと思う。
そういう強い印象を受けたり、思い込みをした後では、なかなか頭の中を訂正することができない。例えばアナイス・ニンは、ブランド名であるアナスイに引っ張られて、ずっとアナスイ・ニンだと思っていたり、「マルドロールの歌」のロートレアモンをどうしたものか、ローレモトアンと覚えていたりしていた。
そういったあまり関心のない分野では実害は少ないけれど、読んでみたいと思っている本も間違えて認識していることがある。例えばそれは、ローリー・ムーアの「アメリカの鳥たち」とメアリー・マッカーシーの「アメリカの鳥」で、実際に手に取るまでこの二冊は同じものだと信じ込んでいた。前者は松家仁之さんの編集によるもので、考える人のメールマガジンで紹介されていて、いつか手に取りたいと思っていたところ、池澤夏樹編集の世界文学全集に入ったのを目にして、そういう類いの作品だったのかと意外に思い、ただその世界文学全集は装幀が好きではなかったため、元の版で買いたいと考えていた。今思うと、松家さんは新潮社で、池澤夏樹編集の世界文学全集は河出書房なので、有り得ないはずなのだが、文学全集という特性上、そんなこともあるのかなという認識をしてしまった。その後、考える人の短編小説特集の、誌面いっぱいの本棚に国内外の短編集の背が並ぶ表紙のなかに「アメリカの鳥たち」も含まれており、やはり手に取らなければという想いを強くし、図書館でその世界文学全集を手にしたところ、これはどう見ても短編集ではないと気が付き、あらためて検索し直すと、”たち”が付くか付かないかで全く別の作品だということをやっと知ることになった。
また、何かのきっかけで柴田元幸訳の作品をきちんと知りたくなった時期があり、ポール・オースターはあまり好みではないため、「イン・ザ・ペニーアーケード」か「シカゴ育ち」からだと思いパラパラと読んでみたら、ずいぶんと作風や文章が違うと感じて、好みな方の「シカゴ育ち」から手に入れ、とても好きな一冊となった。そこでスチュアート・ダイベックの作品をもっと読みたいと思い著作を確認すると、1992年刊の「シカゴ育ち」の後は2006年刊の「僕はマゼランと旅した」しか出ていないと知り、そこで自分がスチュアート・ダイベックとスティーブン・ミルハウザーを何故か同じ人と捉えていたことに気が付いたのだった。前三文字の語感くらいしか似ていないが、どちらも柴田元幸訳で白水社から出ていたため、そう思い込んでしまったのだろう。
似たような名前に関しての勘違いはいくらでもあり、他では、小沢昭一と小沢信男、池内紀と河内紀、宮田珠己と宮田昇、高野秀行と高橋秀実をそれぞれ同じ人と信じ込んでおり、別の人だとわかったときには、いずれも強い衝撃を受けた。
また、完全に勘違いしている場合とは違い、別人とは知っていたけれど、何となく似たようなイメージを持ってしまっていて、何となく手に取ることがなかったのが吉岡実で、後で知るにつれて間違った先入観で捉えていた自分を恥じた。その似たようなイメージというのは吉本隆明と吉増剛造のことで、その二人と同じく吉岡実も自分の関心とはあまり関係ないだろうと感じていた。何故そんな風に感じていたのだろうと考えると、吉が一緒ということを出発点にして、まず吉本隆明と吉増剛造へのイメージが混ざっていて、そのなかで吉本隆明の「フランシス子へ」を知っていた。この本と、吉岡実の著作で唯一認識していた「サフラン摘み」のタイトル名が重なり、また、吉増剛造も青土社から詩集がよく出ている印象から、三者が混じり合い、この勘違いが生まれてしまったのだろう。それが、ある古本屋の、中央公論社の「現代の詩人1 吉岡実」を紹介するツイートを目にしてから勘違いがほどけ始め、そして後日、別の古本屋で見つけた、このユリイカのブックデザイン批判特集の号に載っていた、吉岡実と「社内装幀」の時代、というインタヴューを読み、一気にこの詩人・装幀家に関心がわき、著作や関連書籍などを調べ始めるに至った。また、この号には、臼田捷治による、ブックデザインのためのブックリスト100冊、という渋い内容のブックガイドもあり、そんなところからも関心が広がっていく。
自分の愚かな勘違いには恥入るばかりだけれど、そのおかげもあって、未知だった人と今のタイミングで出会い、どんな本があるのか、どの本がどのくらいの金額でどれくらい出回っているのか、よく行く古本屋ならどの棚にありそうか、など調べながら考える時間はとても楽しいもので、あたらめてその楽しさに触れることができたように感じた。

#本 #古本 #吉岡実 #松家仁之 #柴田元幸

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