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通貨としてのVRの経験〜広大な招待制サロン

WIREDを創刊したケヴィン・ケリーは

「VRによって、経験がこれからの時代の通貨になる」

と言った1)。

意味が解らなかったが、この言葉はしばらく離れなかった。少し時間が経ち何となく整理ができてきたので、ケヴィンの文脈から少し離れつつ、考察してみることにした。

このnoteでは、ケヴィンの言葉の実際の意味を離れつつ、VR空間の経験が通貨として使われるとはどういうことでありうるか?を考えている。これはケヴィンの言葉をきっかけとした僕の考察であり、解説記事ではない。

前提:クローズドで無限大。VRサロン的な経験

通貨としてのVR空間の経験とは、「有名な招待制サロンに入れるアクセス権のようなもの」だと捉えてみる。

サロンのようなものが、東京にもたくさんある。多くは知らないけれど、僕もいくつかは知っている。会員制で、招待制で、限られた人のための限られた体験。ただし、このサロンは国と捉えても差し支えない。限られた条件を満たす人が入場できる”体験”。

VR空間は、クローズドにも関わらずほぼ無限の大きさにできる。いくらでも広大で、とんでもなくラグジュアリーで、強烈に不思議な体験を生み出しうる。そしてそれは極めて低コストで作ることもできる。

したがって実は、VR空間の経験とサロンは特別に相性がいい。お金ではなく、特別なVR空間を体験するための権利を通して、モノやサービスをやり取りすることができる。特別なVRサロンへの入場権利は、通貨になりうるのだ

例えばあるミュージシャンが、歌をプロデュースする代わりに、ある特別なVRの経験へのアクセス権を手に入れる。お金にならないレベルの絵画作品を譲り受けるために、VR空間のアクセスの権利を相手に与える。その誰かは有名人の集まる海辺でのパーティに紹介してもらう代わりに、アクセス権を相手に譲る。誰かはわからないが、誰かはアクセスできる。その権利が、通貨のように機能する。

株式が投機的な価値をはらむことで成立する通貨である、と捉えるならば、VR空間の経験は異なる価値を含むことで通貨として成立する。次章でそのことについて考えてみよう。

1.VR空間の経験という通貨の価値を担保する欲望

アクセス権が通貨となるような特別なVRの経験とは、どんなものだろう。

ゲシュタルト崩壊を起こして視覚・聴覚認知的にトリップしてしまうような怪しげな覚せい剤的体験、アイドルとのVR空間での一対一アダルトチャット、ハイレベルな仕事仲間を紹介しあうサロン、伝説的なコンテンツデータがひっそりと移行されたゲームステージ、紹介制・招待制のアートイベントやオークション、秘密のコンテンツを見られる映画館…。

例えばそんなものだろうか。

通貨になりうる経験の重要なポイントは「そのVR空間の経験が、身体への働きかけを通して強烈に人の欲望を満たすことができる」ものであること、ではないかと思う。

VR空間の経験は、いまだ未解明な部分も多いが、身体への不思議な作用がある。例えば視覚を通して熱や匂いを感じたり、まるで触れられているかのように錯覚したり、アインシュタインのアバターを用いることで認知能力が向上したり、VR空間のなかで触れられることで安心感を覚えたり、といった具合である。

それは間違いなく身体的な欲望を特別な形で満たしうる経験だ

特別にハイになれる、リラックスできる、興奮できる、秘密を楽しむことができる…。VRならではの特別な身体的欲望を満たす体験は、間違いなく人を惹きつける。そうした経験へのアクセス権は、ある程度の限定性を伴えば、十分に通貨として機能しうるだろう。

かつての社会で、通貨の価値を担保したのは金・銀だった。近代では国家への信頼が通貨の価値を担保した。ビットコインではそれは電気代に変わった。

それに対してVR空間の経験という通貨では、人間が逃れられない身体的で本能的な欲望そのものが、通貨の価値を担保するのではないか

人が生きていて、永遠に欲望が生まれる限り、特殊な限定性を伴うVRの経験の通貨としての価値は下落しない。どれだけ欲望を満たすことができるかが、通貨としての主要な価値を決定する。

当然、希少性とブランドも価値を生み出しうる。アート作品のように、「経験することがステータス」となるような経験へのライセンスは、その希少性とブランドから、通貨としての価値は高まるだろう。

2.僕らは通貨を作れるようになる

僕らは通貨を作れるようになる。誰もが覗きたくなるようなコンテンツを作り、制限をつけて公開する。アクセス権のやりとりを管理する。そうしたステップを踏むことで、VR空間の経験という通貨を、僕たちは自分たちのPCで作ってしまうことが可能である。

VR空間の経験が通貨として捉えられることの一つの価値は、全く異なる原理で管理し制作できる通貨が新しく生み出しうることである。

3.判断能力をもつ通貨を生成するためのブロックチェーンの活用

アクセス権に基づく通貨は、お金だけではやりとりできないレイヤーのやりとりに用いることができるだろう。

互いの信頼感が必要な場だったり、あまりオープンにできない怪しげな場や経験だったり、お金だけでなく名声とか社会ステータスとかフォロワーといった特別な性質が必要になる場や経験へのアクセス権が、特別な権利だ。

こうしたアクセス権の管理にはブロックチェーンが使われることが想定できる。

そしてそこでは、単なる履歴の確認というよりはむしろ、新しくアクセス権を付与された相手が、本当にその権利に足る存在かを過去の履歴をもとに判断するためのツールとしてブロックチェーンを活用できるのかもしれない、と思う。

すなわち帳簿のデータと照合して「正しい」と判断するのではなく、数珠つなぎになった帳簿のデータの過去のアクセス権所持者のデータをもとに解析を行って、新しいアクセス者が「資格アリ」かどうかを判断する、という活用法が考えられるということだ。

そうすればVR空間の経験は自らアクセス権の所有者の資格を精査する。

特別な判断能力をもった通貨として機能しうるのだ

まとめ

このnoteでは、ケヴィン・ケリーの言葉をきっかけにVR空間の経験が有する通貨としての可能性を考察した。

このnoteで特に重要な部分は、VR空間の経験の通貨としての価値を人間が永続的に生み出す欲望が担保する、という部分に思える。

新しいテクノロジーができたとき、人間の新しい姿が生まれるわけでなく、むしろ人間の本質はむき出しになる。

VR空間の経験を通貨としてデザインしていくための一番の肝は、人間の欲望の本質をより深く理解していくことであるのではないかと思うのである。

以下は整理。

①通貨=商品流通の媒介物としての流通手段の機能を果す貨幣のこと

②通貨としてのVR空間の経験=「有名な招待制サロンに入ることができる権利のようなもの」と捉えてみる。
VR空間では、無限大に広く、極限的にクローズで、ものすごくラグジュラリーでありながら安価、といった空間を制作できるので、サロンなどと相性が良い。

③人間が普遍的に生み出す欲望が、通貨としての特別な価値を担保する→空間の経験は身体的に強烈な欲望を満たしうる。限定性(≒サロン性)を伴う充足へのその欲望が、通貨の価値を支える。

④VR空間の経験が通貨となるとき、僕たちは通貨を自由にデザインできるかもしれない→その価値を支え、運用する仕組みとしてのブロックチェーンは価値を持ちうる。

Appendix1:ケヴィンの意図?

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ケヴィンは「VRによって経験は通貨になる」といいつつも、その実「VRの経験が巨大なコンテンツマーケットの潮流を生む」といっているだけのようである。

「さまざまな種類の経験が売買され、シェアされる」という文言が散見される。

もしも「経験を提供してコンテンツを買う」ということがあればそれは通貨ということなのかもしれないが、発言を追うに、そういう意味よりはむしろ商品としての経験の話がメインに見える。

例えば以下。

経験を売ったり、買ったり、シェアしたりする。『経験』が、これからの”新しい通貨”になるのです。VRが提供する経験は、知的な経験やドラマチックな経験だけではありません。例えば、病気の時に誰かが近くにいてくれるという経験であったり、デモを目の前で見る経験であったり、あらゆる種類の経験が対象となります。VRで学習をすれば、全身で経験することになるのでより深く理解でき、より長い記憶として刻まれることでしょう
(「VRが実現する経験のインターネット」より)
「経験のインターネットの世界」では、経験がデジタルの世界の取引通貨になる。経験そのものをダウンロードしたりシェアしたりするようになる。つまり、経験こそが新しい知識となり、データとなるということ
(「ケヴィン・ケリー氏が語る、VRとAIがもたらす「必ず来る未来」」より)
経験を買ったり、売ったり、シェアしたりする。「経験」がこれからの新しい通貨になるのです。VRが提供する経験とは、知的な経験やドラマチックな経験だけではありません。たとえば病気のときに誰かが近くにいてくれるという経験であったり、デモを目の前でみる経験であったり、あらゆる種類の経験が対象となります。VRで学習をすれば全身で経験することになるのでより深く理解でき、より長い記憶として刻まれることでしょう。教育以外にも、仕事のあり方、エンターテインメントのあり方、そして軍のあり方も変わります。
「誰もがパイオニアになれる未来~<インターネット>の次にくるもの~」より
未来では“経験”が新たな通貨となり得るのです。私たちは誰かの経験を買ったり、あるいは経験をダウンロードして共有できたりするようになるのです。そこでやりとりされるのはスリル満点の経験だけではなく、例えば病気で寝ているときにバーチャルで誰かに付き添ってもらうといったことも予測されます。いわば、“経験の経済圏”がインターネット上に出来上がるということです。
ケヴィン・ケリー「未来を決める12の法則」(後編)」より

1)『〈インターネット〉の次に来るもの 未来を決める12の法則

やはり「VRの経験が巨大なコンテンツマーケットの潮流を生む」といっているようである。

一部の経験は新たなサービスのようにもなる。それは作られたエクスペリエンスであっても、実体験の再現でも商品であるという点において大差はない。

Appendix2:通貨の定義

ブリタニカ国際大百科事典によれば、要するに通貨とは、「商品流通の媒介物としての流通手段」のことらしい。

通貨という言葉は一般には貨幣と同義に用いられているが、厳密には貨幣の諸機能、(1) 価値尺度、(2) 商品流通の媒介物としての流通手段、(3) 商品交換の最終的決済としての支払手段などのうち、(2) 商品流通の媒介物としての流通手段の機能を果す貨幣のことをいう。

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