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タイトルをセンセーショナルすぎるものにすると読まずにコメントしてくる人が出てくるのでみんなちゃんと読んでよって思うけど、このブログに関してはそんな心配も少ない。でも読んでね。

なんか真面目なこと書こうとしてもタイトルがメッセージ性の強いものになるのが嫌ですね、みしぇる(@crsa_photo)です。

さて、きょうこそは真面目なこと書くぞと思ってなにを書こうかな〜って思っていたのですが、ぼくが常々感じていることがあるのでそれについてお話ししますね。

個人的な感覚としてこの十年くらいでだいぶジェンダーに関する問題意識が広まってきたように感じます。こんなこと言うと「何言ってんだ!まだまだ女性は抑圧されてるぞ!」とか言う人もいるんでしょうが、そういう発言も含めて問題意識が広まってきたという風に感じているわけです。

そもそも抑圧された女性に関する問題意識が表に出るようなことは確実にいまより少なかったわけですから。

誰もが我慢せずに生きていける世の中になっていけば一番いいんでしょうけど、現在の流れを見ると必ずしもそうとは言い切れなさそうですね。誰かの権利を主張するために誰かに我慢をさせようという考え方をしている人も少なくないように思えます。

直接はリンクしないのですが、僕がきょうお話ししようとしていることも少しそういう面があるかもしれません。

男性へのセクハラ

女性への痴漢やセクハラに対する対応は厳しくなる傾向にあります。それ自体は正しい流れだとは思いますが、どうもセクハラの中に程度をつけて被害者を抑圧したりする人がいるようです。挙げ句の果てには被害者同士でも「私の方がもっとひどいことをされた」などと言って不幸自慢大会の様相を呈している界隈もわずかながら存在するようですね。これでは結局誰も救われていません。

男性へのセクハラというのもこのような風当たりを受ける問題の一つと言えそうです。

自分でもほんっとうに些細なことだと思いますし、だからこそこんなに言い訳がましく引き伸ばして書いてきたのですが、おじさん(時々おばさんも)がおそらく無意識に投げかけてくる恋愛話や下ネタがとても不愉快に感じるのです。彼女がどうとか女がどうとかとにかくその品と知性の無さに腹が立ってしまうことすらあります。
なんで親しくもない人間にそんなことを聞かれたり言われたりしないといけないのかと。自宅に土足でズカズカと入ってこられているような感覚に陥ります。

これはもちろん女性にも起こりうるのですが、「セクハラ」という言葉が市民権を得て久しい現在ではそういう話を女性に振らないように気をつけている人も男性との関係では無頓着になりがちです。そもそも男性に対してセクハラに配慮する必要性が存在するということにも気づいていない方が大多数だと思います。

「何をその程度」と思われる方も大勢いらっしゃると思います。「男のくせにそれくらいで何がセクハラだ」と。しかしこの「男性へのセクハラ問題」の根の深さはそう思われてしまう環境にも起因しています。なぜか被害者側に非があるかのような風潮に、被害者はかすかに、しかしながら確かに感じている不快感をどこにも表明できずに抱え込むことになります。

コミュニケーションの一種だろうそれくらいと思われるかもしれませんが、他人を不快にさせるやりとりがコミュニケーションと呼ばれる世界ならない方がマシです。

これまでのジェンダーに関する問題には共通する問題ですが、痛みが当たり前と思われているのです。痛みを痛みと認識させてもらえないという。その人の感じる痛みは他人には感じることができないので、ある意味仕方ないことだとも言えます。しかし苦しんでいる誰かがその苦しみを表明しなければ痛みを感じない人の想像力を喚起できませんし、同じ痛みに苦しむ人たちも立ち上がりることができません。

ぼくは情けない男だと、弱い男だと思われることよりもこの確かな痛みに耐える方が精神的なダメージが大きいと判断したのでこの文章を書いています。

ハラスメントに程度はありません。確かに苦しむ人が存在している限りこれはハラスメントなのです。そもそも苦しみの大きさは苦しんでいる本人にしかわかりようがないのですから。

思いやり大事

この文章は誰かを納得させるために書いたわけではないので、根拠があったりするようなものでもありません。「こういうことで不快に感じる人もいるよ」程度の文章です。疑いようもなく。

人権のインフレも危惧すべき事態だとは思います。ハラスメントを恐れてみんなが自縄自縛に陥るのならそれこそ避けなければならない世界でしょう。
結局、人間相互の思いやりによってしか抑圧のない世界というのは達成されません。

だからこそぼくのように「うわーこのおじさんの下ネタシンプルに不快だな〜 たまにはこういうこともあるよなあ でもキッツ〜」とか思っている男性もいるということをご覧いただいているみなさまにお伝えできれば、あしたからでもご自身の言動を省みるきっかけとなるのではないかという、祈りにも似たささやかな思いでこの文章を書いたのです。

言ってることは月並みではありますが、この辺でお別れとします。

そもそも下ネタって初対面の人とのコミュニケーションには向いてないよ(笑)

では、また。

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