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非公式テレビアーカイブの価値

先日、テレビで「ボヘミアン・ラプソディ」が放送されたあと、次のようなツイートがバズっていました。

QUEENのアンセム「We Will Rock You」の一番いいところ「ウィー、ウィル、ウィー、ウィル」が始まる、まさにそのタイミングでCMが入るという無慈悲な展開に、私も思わず笑ってしまいました。

この映像は、1985年7月13~14日のフジテレビの中継番組を家庭用ビデオテープに録画したものです。そのテープが何十年ものあいだ良い状態で保存されていたから、こうやって陽の目をみることになったのです。

今回のnoteは、このような録画されたテレビ放送の持つ価値について少し考えてみたいと思います。

視聴者によるテレビ番組の録画保存

公式のテレビアーカイブはテレビ番組だけを保存し、公式のCMアーカイブはCMだけを保存するので、両者が混在した放送という空間全体の流れは失われています。

どのタイミングでどんなふうにCMが入ったかは、放送を丸ごと録画しなければ分かりません。テレビ局にはすべての放送を同時録画したテープが残っているかもしれませんが、それが表に出てくることはないでしょう。部外者が放送の流れを追体験するには、一般の視聴者が録画したテープに頼るしかありません。

視聴者によるテレビ番組の録画保存は1970年代中盤から出現し、70年代末から80年代前半にかけて、VHSとベータの普及とともに一気に増えます。ライブ・エイドが放送された1985年はビデオテープレコーダーが一般家庭にじゅうぶん普及しているから、膨大な数の録画がなされたことでしょう。

しかしそのテープのほとんどは上書きされたり廃棄されたりして、残っていません。このツイートのように、昭和の放送の流れを克明に記録したテープが令和の今まで残っているのは貴重です。

こうした録画物は、テレビはテレビ、CMはCMで分離された公式の放送アーカイブを補完し、両者が混在する放送空間を復元してくれます。

コンテンツにひそむ過去の文脈

アーカイブとかミュージアムというのは、過去の文脈から引きちぎったものを展示空間に押し込み、新しい文脈の中で再定義するようなところがあります。それ自体はクリエーティブな試みであって、別に悪くありません。しかし、かつてそのコンテンツが別の文脈の中にあったことを忘れてしまうと、コンテンツを誤読する危険があり、注意が必要です。

分かりやすい例をひとつ。次のCMは1957年に放送された三共「ルル」のCMです。

これは現存するもっとも古いCMのひとつとして、しばしばテレビ番組で紹介される有名な作品です。ひとりの女性と、あれこれと扮装を変えて何度も登場するひとりの男性による、ミュージカル仕立ての映像になっています。

実は、このCMには放送当時の文脈が濃厚に表れているのですが、説明を受けなければそのことに絶対に気づくことはありません。

このCMは、KRテレビ(現TBS)の探偵ドラマ「日真名氏飛び出す」の中で流されたものです。何度も扮装を変えて登場する男性は、このドラマの出演者であるカメラマン・泡手大作なのです。0:57~1:09の彼はドラマの中の泡手と完全に同じ服装で出演しています。

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(左が泡手大作、右は主人公の日真名真介。こうやって見るとくりぃむしちゅーっぽいな)

1950~60年代はほとんどの番組が一社提供だったので、「ルルの歌」のように番組の出演者がそのままCMに出てくるパターンはよくあります。しかしCMアーカイブでこれらの映像に出会っても、なんの注釈もなければその文脈に気づけません。

これは極端な例ですが、どんなテレビCMでも大なり小なり放送された文脈を持っています。しかし、公式のアーカイブではその文脈がちぎれてしまって跡形もありません。

もし、「日真名氏飛び出す」を最初から最後まで丸ごと録画したフィルムがあれば(残念ながら絶対にないと思いますが)、「ルルの歌」の存在感があるていど見えてくるはずです。おそらく、泡手大作が出てくるので番組の続き、おまけ映像のように見えていたのではないでしょうか。

放送の空気感を残す映像

テレビ番組を録画した映像にはしばしば時刻表示があります。これも放送当時の文脈を知るひとつの手がかりです。

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右上の1:31を見ると、へーこのCMが録画されたのは午後なんだ。メロドラマの枠かな、ワイドショーの枠かな、などと想像力がはたらいて、昼下がりのリビングがまぶたに浮かんできます。

このビデオテープが残っていたということは、残す価値のある番組だったということですから、おそらく映画か(テレ東の午後なんかよく映画やってたので)、あるいは好きな歌手がワイドショーにゲストで出てたとか、そんな理由で番組を録画し、そして保管したものでしょう。CMはそのついでにおまけのように残るのです。

こうやって、放送当時の空気感をまとった状態でCMが残っているのはとても楽しいものです。そして番組も、放送当時のテロップCMがついたままだったりするとグッと感じが出てきます(下の例は1974年)。

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上の例はいずれも映画番組ですが、映画番組だけにテロップCMがついたわけではなく、映画番組を録画したテープが残りやすいだけで、他の番組にもテロップCMはありました。

公式も非公式も大切なアーカイブ

昔のテレビ番組やテレビCMは、放送当時の文脈から切り離された状態で出会うのも楽しいし、放送当時の文脈を帯びたまま出会うのも楽しい。ふたつの楽しみ方があると思うんです。

前者は放送ライブラリーとかアドミュージアム東京とか、公式のアーカイブで出会えます。後者は1970年代後半以降にほぼ限られますが、レトロ映像マニアたちの自発的な活動によって私たちの目に触れます。

私は前者の公式アーカイブに関与している人間ですが、後者についてはまったくの力不足で、マニアの皆さんに100%頼りきりです。ほんとうにお世話になっています。

公式アーカイブで公開されていない番組、ニュースや天気予報なんかもマニアの皆さんはカバーしていて、YouTubeなどにアップしてくれている。ニュースや天気予報は放送日と深く結びついたコンテンツで、当時の文脈を追体験できる良質の素材です。

あと、CMを1本ずつ切り離すのではなく、5本、6本と流れたままを丸ごと動画化してくれている方もいて、これも放送当時の雰囲気を伝えてくれる。

YouTubeというのは、映像と音楽を愛してやまないオタクの人々の愛にあふれていて、私たちは日々、その愛の恩恵を受けています。非公式動画の価値を権利者たちも分かっているからこそ、収益化しないという約束のもとで目をつぶっているのだと私は信じています。

かくいう私も、ネット上に存在しない1980年代のテレビCMのビデオテープをちょっとだけ持っています。84年から85年くらいの三重テレビで放送されたものです。

三重県出身の妻の伯父が地元の障害者団体の責任者で、その団体のCMを何度か三重テレビに出したことがあって、それを録画したいんだけど何時何分に流れるか分からないから、とりあえず番組と番組の合間を片っ端から録画したというもの。録画されてるのがほとんどCMという、今となっては奇跡のようなビデオテープです。

時間ができたらデジタル化して、私も非公式アーカイブに貢献したいと思っています。

(終わり)