敢えてもう一度言おう。今、日本に必要なのは「デザイン思考」である
私はスタンフォードGSBでデザイン思考を駆使したイノベーションプロセスをスタンフォードスタートアップガレージの責任者から学びました。また、破壊的イノベーションのプランニング手法も同教授から学んでいます。
デザイン思考は世界中でイノベーションの鍵となるスキルとして活用されていますが、日本だとプロダクトデザインやUI/UX、アイデア出しツールのように理解されがちです。日本では、ややもするとデザイン思考が「ポストイットが沢山貼られたオシャレなオフィスで沢山のアイデアを出すための、クリエイターのツール」だと思われがちですが、シリコンバレーでの使われ方は全く異なります。この記事を読んだ方が、少しでも正しい理解を得ることに貢献できれば嬉しいです。
そもそもデザイン思考とは?
デザイン思考とは、デザイナーが作品を産み出す際に用いる業務設計の方法やテクニックを、新しい価値創出や問題解決のために活用する一連のプロセスです。デザイナーは試作品を作って、それに対するユーザーの反応を見ながらあれやこれやと商品をいじって進化させて行きます。このデザインという言葉には、どちらかというと「設計」「プロセス」という意味が込められています。そしてこの手法は、本来は、商品開発に限らず、あらゆる問題を解決するために用いる事が可能です。その一例をご紹介したいと思います。
マクドナルドの30秒納品を実現した業務オペレーションのプロトタイピング
日本ではあまり語られていませんが、マクドナルドはデザイン思考を駆使する企業の一つです。彼らが創業時に目標としていたのは、「注文から30秒でハンバーガーを提供する」こと。それを実現するために、店舗オペレーションの考案にデザイン思考のプロトタイピング〜イテレーションの考え方が用いられています。その様子は下記の動画(映画からの抜粋)から確認してみてください。
デザイン思考で産まれたイノベーションの数々
また、最近は「デザイン思考で一体何が生まれたんだ?」「デザイン思考は01に向かない」などの批判の声も聞こえます。恐らくこのような人たちは事例を全く知らないのだと思います。デザイン思考で生まれた偉大なプロダクトや企業は、枚挙にいとまがありません。ここでは有名な会社の最近の事例だけを紹介しましょう。
事例その1:Airbnb
Airbnbの創業者はデザインスクール出身。Airbnbは、大規模イベント時にホテルが足りなくなった時の対処法として、自分の日銭稼ぎの欲求のために、エアマットを置いた部屋を貸し出すことから始まりました。そこで借り手が見つかった事から、彼らの5兆円企業へのストーリーが始まりました。
事例その2:Door Dash
Door Dashの創業者は、スタンフォードの学生時代に、自分が自宅で取り寄せられない食べ物が多くある事から、配達の市場の大きさに可能性を見出しました。近所のレストランのメニューを勝手にPDF化し、自作の「Palo Alto Delivery」という名前をつけたランディングページに自分の電話番号を掲載して勝手に宅配の注文を取り始めました。そこで沢山の注文を得て、宅配料をもらう事ができました。これをきっかけに、彼らは配達市場でNo.1の、時価総額約8兆円のスタートアップにまで成長しました。
事例その3:テスラとSpaceX
イーロンマスクはロードスターをEV化して街を走り、友達が賞賛するかどうかをテストしました。今でも彼は新車を路上でテストしたり、沢山のリーク画像を流出させ、その反応を参考に開発の意思決定をしています。このラピッドプロトタイピングの手法は、SpaceXでも活用されています。それにしても宇宙に飛ばすロケットを豪快にぶっ壊しまくる大胆さには驚きます。ただ、その失敗(実験)が世界初のNASAのステーションを使った民間企業の宇宙ロケット発射の成功につながったのです。そしてこれこそが、「デザイン思考を駆使するイノベーターの持つべきマインドセット」です。イーロンは「失敗は選択肢の一つだ」と言っています。とはいえ、意図した検証すべき仮説があるからこそ、失敗が生きるのです。彼はデザイン思考の重要なパートである、「実験のデザイン」に長けているのだと思います。
日本人のデザイン思考を巡る勘違い
1:アイデア創出以上に、プロトタイプによる仮説検証が重要
日本では、デザイン思考といえばポストイットをたくさん使ったワークショップを想像する方が多いと思います。しかしこれは一部でしかありません。そうなってしまう背景として、日本にはプロトタイピングに必要なUIデザイナーやデベロッパーが少ないことが挙げられます。一方で、シリコンバレーでは初期のアイデアをナプキンプロトタイプと呼びます。パワーポイントでプレゼンを準備するのではなく、カフェでナプキンに殴り書きをしたもので投資家にプレゼンするのです。そこに書くのはユーザーのどんな状況において、どんなソリューションを提供するのかを示す漫画であったり、アプリのUIそのものだったりします。事業計画書に取らぬ狸の皮算用を書き、プレゼンで競う前よりも、パッと見て何を作るのかがわかるプロトタイプで需要を検証する事で、成功確率を高めることができます。
2:美しい洗練されたプロダクトとUI/UXがデザイン思考のキモ、ではない
これが先ほど紹介したDoorDashのプロトタイプです。なんとも平凡です。ただ、「電話したら8ドルで宅配してくれる」事はわかります。
この最小のコストをかけたプロダクトで、どれだけ顧客への提供価値の仮説で、マネタイズができるのか、そして宅配がどれだけ大変なのか、という価値の検証と事業オペレーションコスト、技術的な課題などを炙り出すのです。これをMVP、ミニマムバイアブルプロダクト(最小限の価値の実行と検証が可能なもの)と呼びます。そして、ユーザーからのフィードバックを集めることにより、改善をしていく。全てをユーザーを中心に考え、ユーザーのために素早く問題点を聞き出し、改善を繰り返した結果、ユーザーから見て洗練された美しいUI/UXが出来上がるのです。
3:日本人にデザイン思考は向いていない?
この説は、一部正解で、一部誤解だと思います。任天堂のWiiは、デザイン思考から生まれました。ラピッドプロトタイピングの手法は、トヨタのリーン生産方式がヒントになっています。セブンイレブンは、データをもとにユーザーインサイトを確認しながら店舗の棚の位置を変えたり、PB商品を作って成功しています。
一方で、日本の失敗を恐れる企業文化がデザイン思考の普及の妨げになっていることも事実です。しかし、これは日本固有の問題ではありません。
日本は製造業中心の時代に、サプライチェーンマネジメントによる品質とローコストを武器に世界を席巻した時の思い出から抜け出せません。このように、オペレーショナルエクセレンスを追求するようになると、強みの罠(これをコンピテンシートラップと呼びます)から抜け出せなくなります。これが今の日本の姿です。ここから脱するには、組織デザインを変えるのが最も効果的なのですが、これはまた違う記事で説明したいと思います。
イノベーションは、UIの美しさではなく、ユーザー中心にデザインされた、バリューチェーンの破壊や統合によりもたらされる
Uberは一見、アプリの優れたUIの提供によって成功した企業であるかのように見えます。しかし、実態は「タクシー会社」の「車を買い、運転手を雇い、街で需要を待つ」というバリューチェーンを「配車アプリと誰でも運転手になれるツールキットで代替した」事がポイントなのです。これは見た目のデザインではなく、「体験のデザイン(設計)」の好事例と言えます。
その証拠に、同じUI/UXを持ち込んでも、日本でUberが上手くいかなかったのはなぜでしょう?それは、「配車アプリで誰でも運転手になれるツールキットが規制により許されなかったから」なのです。すると、見た目のデザインは同じでも、「体験のデザイン」がユーザーの求めるものにはなりません。これが失敗の要因です。既存バリューチェーンの統廃合による産業の自由競争を許さずして、ユニコーンは産まれません。シリコンバレーは世界で最も実験に寛容であり、規制はユーザーに新しいテクノロジーが受け入れられた後から決めていきます。この差を理解することが極めて重要なのです。
デザイン思考とは行動原則であり、見た目のデザインの事ではない
スタンフォードのデザイン思考の授業で教えている「イノベーションプロセス」とは、デザイン思考単体ではなく、MVPと実験のデザイン、ビジネスモデルキャンバスを用いたビジネスモデルと事業オペレーション構造の構築、マネタイズという、事業立ち上げの要素を網羅しています。教授のStefanos Zeniosは、「Design Thinking is About Doing」と語っています。根幹にあるのは、「行動から素早く学ぶ事」であり、「失敗など存在しない。全ては学習である」というマインドセットです。
彼のメンタリングしたスタートアップは総計50社以上のユニコーンを生み出し、時価総額は23兆円にのぼるそうです。ユーザーインタビューからナプキンプロトタイプを作る所からこれだけ大きな価値が生まれているのです。
日本企業はどうすべきか?
デザイン思考から学べる日本への処方箋は幾つかあります。
1:アイデアの取捨選択を内部で考えすぎず、提供価値指標を設定し、プロトタイプを作り、ユーザーに見せる事に集中する
2:イノベーションマインドセットを作るためにMVPと実験のデザインの手法を学ぶ。「失敗=実験」であり、学ぶための仮説検証であると理解する。
3:クレイジーなアイデアを産み出し、守る文化を作る。国や会社が、既存のバリューチェーンの破壊を許容する
4:組織全体が、ルールやKPIを柔軟に変える事に対する抵抗を無くす
この辺はまた別途、まとめてみたいと思います。