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声にならない声で伝えていること、  その声に耳を澄ますこと       OTOKIKI BRIDGE


声にならない声


心理カウンセリングの一般的なイメージの一つに、相談者が悩みを語り、心理士がアドバイスをするという構図があるようです。けれども、実際の心理カウンセリングではかなり多様な対話と関係性が存在しています。心理カウンセリングの空間では、相談者が主体であるということが大前提となります。その上で、たくさんの言葉が語られ、やり取りされる場合もあれば、沈黙が続く場合もあります。

声にならない思いがまず涙となって流れ出て、その先、やっと小さな声でその人の言葉が表現されることもあります。心理士はその流れそのものを感じ留めようとして、小さな相談室の空間にじっと座り耳を澄ましているのです。


葉子さんの声
「自分のことがいちばんわからない」

*葉子さんは架空の人物で、この物語はフィクションです。


「わかりません」は葉子さんの口癖でした。何を聞いても、聞かれていない時でも「わかりません」という言葉がまず出ることが続きました。心理カウンセリングの多くの時間を、葉子さんは「わかりません」と涙を流し沈黙していました。葉子さんの声は、声というより息と表現したくなるような、ごく小さな声でした。「自分のことがいちばんわからない」と涙を流すことがしばしばでした。



耳を澄ますこと


それでも、ぽつりぽつりと葉子さんは自分から話すようになりました。ごく小さな声でも、葉子さんが何かを言おうとしているのは強く伝わってきました。心理士の私は、葉子さんの声を聴き取ろうと集中します。残念ながら耳を澄ませても、葉子さんの声を聴き取れないこともありました。言葉としてキャッチすることが難しいまま、さらに耳を澄ませていると、今度は私自身の音、普段は気にしないような自分の息や鼓動が聞こえてきました。水中のような異界にいる心境を感じ、これは葉子さんの心境と重なるのだろうかと想像しました。

変わりたい。取り戻したい。抜け出したい。~になりたい。

上のような気持ちがやっと葉子さんの中に生じてきても、どうしていいかわからないと涙を流しました。今までとは違う自分を求める気持ち、それは確かにあるのだけれど、どの道を、どのように進んでいいかわからないのだと話しました。スマホで調べてみるけれど、表示された最適解とされる内容を見たところで、葉子さん自身は自分にはしっくりこないと感じました。周りの人に探り探り相談してみても、はっきりしないと感じました。あるいは、周りの身近な人には相談できないからこそ、もやもやが続くのだと気づき、そういった試みや気づきを心理カウンセリングの中で語るのでした。もやもやをほどく糸口を見つけ、紐解こうとして、葉子さんは小さな声ではありますが、しっかりと語っていきました。


そっと息づくもの


葉子さんは野鳥が好きだと話しました。野鳥には色々な種類があって、どんな動きや鳴き声なのかを話してくれるようになりました。「自分のことがいちばんわからない」と繰り返し語った葉子さんでしたが、自分の好きなものを語れるようになりました。静かにそっと息づくものを大切にする気持ちと、そっと息づく葉子さん自身を肯定する視点が、葉子さんの中に存在してきたように思えました。

読んでいただき、ありがとうございました。
声にならない声で伝えていること、その声に耳を澄ませること、心理カウンセリングの中で交わされている静かなやり取りについて書いてみました。



-OTOKIKI BRIDGE-


知りたいのはその先
今歩んできたこの道
そこに意味があるかないか傷つき
迷った途中でため息

偶然渡るのは音聞き橋
立ち止まって音聞き
川の流れを再認識
ただ川は流れて
水はきらめき
川と鳥の音聞き
整ってくる息

わずらわされるのは常識
圧だけかけてくるタイプの正義
卑屈にもなるよ、正直

立ち止まって音聞き
微笑み合ってひらめき
色んな思い橋渡し
ただ川は流れて
水はきらめき
僕らは音聞き
よみがえってくる精気


こはる心理カウンセリング室のある愛知県名古屋市には「音聞橋」という小さな橋があります。橋の名前から連想して、この物語を作りました。

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