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第32話 ショー

真っ暗な中に上からのスポットライトが一筋。青いポロシャツにベージュのチノパン姿の女が一人、佇んでいる。
「最初は、ほんの出来心だったんです。あの…もちろん、よくないことだっていうのは分かってた、つもりです。…でも、だんだんエスカレートしていって、そしたら何か楽しくなってきちゃって…!気付いたら、こんなことになっていました…」
スポットライトが消える。女も消えた。

……………
…………
………
……

パンパカパーン!
賑やかなファンファーレが鳴った。
青空の下、広い公園の一角に造られた仮設のステージ。赤、青、黄色、緑などカラフルな模様で彩られたステージで、真ん中にはビールケースをいくつか並べたような一段高くなっているところがある。例えるならそう、イルカショーのステージのようだ。ただ、一つ大きな違いを挙げると、水槽がない。

青いポロシャツにベージュのチノパン、ポニーテールを黄色いキャップ帽の隙間から垂らした女が、青いポリバケツを持ってステージの中央にやってきた。自信に満ち溢れた笑顔。ニッコニコ!という言葉がふさわしいその笑顔を客席に振り撒きながら、ついでに元気よく手も振る。
「みなさーん!こんにちはー!!」
「こーんにーちはー!」
子ども達の無邪気な返事が返ってくる。女はニコッと笑顔で返事をして、こう告げた。
「本日はようこそ!このアクアパークの横の名もなき広場にお集まりくださいました!それでは、めくるめく野生の鳩たちのショーでお楽しみください!Let's Go!!」

女はその時の様子を思い出しながら告白した。
「鳩にエサやりしすぎて、気付いたらめっちゃ手懐けてましたーー」

女が赤いホイッスルを吹いて、鳩に手で合図をした。すると、
「ハイ!ハイ!ハイ!ハイ!ハイッ!!5羽連続の宙返り!!」
くるんくるんと、鳩たちが次々に宙返りをする。
「そしてー」
さらに1羽が高く飛び、その場でぐるぐると横回転。
「トリプルアクセル、大成功!!」
技が決まるごとにワッと歓声が上がり拍手が鳴る。女はまた赤いホイッスルを吹き、次の技の合図をする。…不思議なことにそのホイッスルの音は聞こえない。

後に、赤いホイッスルのことを問われた女はこう答えたという。
「あぁ、この笛ですか?気になりますよね…。これは鳥にしか聞こえない音が出る、"鳥笛(とりぶえ)"だよ、ってお客さんには言ってるんですけど、…あの、ただの修正テープです。別に音鳴らさなくても私だったら鳩に通じるんで」

青いバケツに入ったエサ…パンくずを、客席の最前列のあたりに撒く。その間、鳩のことは手で制して一歩も動かさない。徹底したしつけである。
「さあ次は、砂かぶりのコーナーです!前の席に座ってるみんなは、お目めに砂が入らないようにちゃんとフェイスシールドをしてくださいね。それでは参りましょう。Let's Go!!!」
女が手を上げると、待っていた鳩たちが一斉にパンくずめがけて飛んでくる。それも、四方八方からではない。ステージの下手から上手へ駆け抜けるように皆列をなして飛んでいくのだ。その風圧にあわせて砂は舞う。最前列に座った子ども達はキャッキャと歓声を上げた。さすがはこのショーの一番の目玉企画である。

女は語った。
「そうですね…。隣のアクアパーク水族館のイルカショーの客数を越えた頃からは、もう何も怖くなくなりましたね。
…私にとって、プロフェッショナルとは……。そうですね、お客さんのハートを撃ち抜く腕利きの豆鉄砲スナイパーでしょうか。鳩だけにっ!」


<END>
2021年2月3日  U-3 GONG SHOW より

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