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第15話 糊道

以下、『月間 芸術マガジン』11月号より「今月のインタビュー:糊道家(こどうか) 張本典子(はりもと のりこ)さん(31)に聞く、糊道との出会い」の記事を抜粋。
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今月は、若手糊道家(こどうか)の張本典子(はりもと のりこ)さん(31)にお話を聞く。取材は張本さんの自宅兼工房にて行われた。きさくな笑顔で記者を迎え入れた張本さん。取材開始前には、自宅にかかってきたセールスの電話を「お母さんいません」で断るという、チャーミングな一面ものぞかせた。

― 本日はよろしくお願いします
張本さん(以下:張本) こちらこそ、よろしくお願いします
― まずは、”糊道”について教えてください
張本 あ、そっか。そうですね、説明がいりますよね(笑) “糊道”は’こどう’と読みまして、“糊道”の’糊’は、’のり’という字を書きます。’米’へんに’古’い’月’で’糊’。まあ、ざっくり言うとのり付けすることですね。そののり付けで美しさを表現するのが、”糊道”です
― なるほど。では、張本さんが糊道と出会ったのはいつごろのことなんでしょうか?
張本 出会いは6歳の頃ですね。わたしは一般の家庭に生まれ育ったので、他の流派と違って親から代々受け継いだり、生まれた時から糊道と触れ合ったりしていたわけではないんです
― それにしては、かなり早くに出会われてるんですね
張本 あ、そうですね!確かに6歳は早いな(笑)
― 初めての作品は覚えてらっしゃいますか?
張本 はい。わたしの初めての作品は、2つ上の兄の書でした。たしか、一般的な習字の授業で使ったりする半紙に「へちま」と書いた書だったと思います。公民館に展示することになったのですが、兄が面倒くさがったので半ば押し付けられるかたちで、青い画用紙に糊付けしました。これを偶然、後にわたしの師匠となる糊道家の張本添付(はりもと てんぷ)に見初められまして…
(編注:照れる張本さん。実に可愛い)

― 先ほど少しお話の中にも出てましたが、糊道にもいろんな流派があるのですね?
張本 ええ、そうなんです。わたしは前派(まえは)で、いわゆる正統派とされる流派です
― 他にはどんな流派があるんですか?
張本 後派(うしろは)と中派(なかは)があります。もともと奈良時代からあった張本家が、平安時代に前派と後派に分かれ、さらに時代が進んで昭和の中ごろになると前派の一部から中派が現れました。
あ、でもどれも喧嘩別れじゃなくって、新しい技術を発明したから分裂するかたちになったので、全然仲が悪いことはないですよ!なんなら同世代で別流派の糊道家の人達とはよくご飯会してて、すっごく仲がいいんです!
― それは意外ですね!勝手に仲が悪いイメージになってました
張本 ふふっ。よく言われます
― では、それぞれの流派の特徴を教えてください
張本 はい。まず、前派は、糊を使ってのり付けをします。次に後派は、主に紐を使って書物を綴る、綴り方の美しさを表現しています。そして中派は、テープを使った表現をしていて、それぞれの流派、使う道具で伝統を受け継いでいます。中派が現れたのと同じころから、後派の中にホッチキスを使う方も出て来まして、一部では批判的な声も聞こえますが、わたしはそれも表現の方法かなと思ってます。まあ、時代ですかね…

― 先日、文化庁の特別表彰を受賞された「そして、to the future...」についてお聞かせください
張本 ありがとうございます。先日、ありがたいことに文化庁さんから表彰をいただきました。師匠の張本添付も受賞した賞で、これでまた一歩師匠に近づけたかなと思っています。
この作品は、国際的に活動されている書道家の墨江鉄山(すみえ てつざん)先生の書を、人間国宝の紙漉師 白木麦謳斎(しらき ばくおうざい)先生が漉かれた台紙にのり付けしたものです。使ったのはアラビックヤマトとフエキのり、さらにテープのりも使って、のり付けの中に未来への可能性を表しています。あえて台紙にしわを寄せたり、半紙に穴をあけたりすることで、書に込められたエネルギッシュな力強さや紙漉きの繊細さを上手く表現できたと実感しています
― 墨江先生、白木先生の反応はいかがでしたか?
張本 そうですね。紙漉きの白木先生は、御年90を超えられていて、実はこの台紙が紙漉師として最後の作品だったとお伺いしていましたので、その最後の作品でこういった名誉ある賞を受賞できたのはとても嬉しかったです。お知らせした時は「何でしわ寄らしたんや、ガキ。もう一回漉かなあかんやんけ」とおっしゃっていて、まだまだ現役で活動したいという力強さを感じました
― 墨江先生はいかがでしたか?
張本 はい。墨江先生は今、ローマにお住まいとのことでしたので、電話でのご報告となりましたが、こちらもたいへん喜んでいただけました。「そして、to the future...」自体は写真をメールで送ってお見せしていまして、「oh my god...」の一言で感動を表されてらっしゃいました
(編注:後で墨江先生のSNSを確認したところ、イタリア語でこの受賞作に関する投稿をされており、日本語に訳したところ「時価1億5千万の俺の作品が、20円に値下がりした。とんでもない愚行だ」と記されていた)

― 最後に張本さんの今後の目標を教えてください
張本 糊道は、実は奈良時代からあるんですが、まだ世の中にあまり浸透していなかったり、受け入れられていなかったりしているんですよね。なので、糊道の普及は常々行っていきたいと思っています。それから、今新作の製作中でして、ここではまだ誰も達成したことのない「半紙を水面にのり付けする」という挑戦をしています。来年秋ごろの公開を目指して絶賛製作中ですので、そちらを楽しみにしてもらえたらなと思います
― 本日はありがとうございました
張本 こちらこそ、ありがとうございました!

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2019年11月4日 UP TO YOU! より

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