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第36話 スパイの拷問

ギィィ…
重い鉄の扉が開き、髪を後ろに撫で付けたオールバックに、銀縁の四角いレンズのメガネをかけた細身の男が、暗い無機質な小部屋に入ってきた。
「ちょ、痛い痛い…」
男の後ろから、別の大柄な男に連れられて黒ずくめのスーツ姿の女も小部屋に入る。女は両手を後ろに括られていて、大柄な男がせっつくようにその身体を押す。女は苦痛に表情を歪めていた。
「痛い痛い痛いってば!」
女の剣幕に、大柄な男は手を離した。
「捕まってる側の分際だけど言わせて。あんた、ずっと私の足踏んでるから!このヒール、わりと高いやつなんだから、マジ勘弁してくんないかな?」
キッと睨み付ける。大柄な男はちらりと足元に視線を落とすと、踏みつけていた足をどけた。フンッと鼻をならして、女を、錆びたパイプ椅子に乱暴に座らせた。

女の正面には、先に小部屋に入っていたメガネの男が座っている。女はメガネの男を睨み付けて、
「ふん。私は何されても組織の情報を吐くつもりないから。ま、手下がこの様子じゃ…」
ドスッ
大柄な男が女の右頬を殴った。女は大柄な男を睨みつけて、
「手下がこの様s…」
ドスッ
再び右頬を殴る。
「手下が…」
ドスッ
女が、大柄な男の目を見ながらゆっくり口を開く、と、
ドスッ
沈黙。
「あ、ちょ、一旦ストップ!いい?捕まってる側の分際だけど言わせて。あんた、殴るんなら物事考えて殴りなさい?そんな、のべつまくなしに殴ったら、こっち大事な情報言おうにも言えないでしょ?」
ドスッ
大柄な男は、女の右の脇腹を殴った。
「ボディーなら邪魔にならないからいいだろ」
「あ、違、そういうことじゃないの。ねえ、人の話聞いてる?…全く。「手下がこの様子じゃ、あんた達も程度が知れてるわね」って言いたかっただけなの!」

女は短くため息をついた。
ドスッ
また、今度は右頬を殴る大柄な男。
「何?」
「人の悪口を言うな」
「じゃああんたも意味なく人を殴るのをやめようか?」
「あぁ?」
「あのね、今は捕まってる側が相手を思いっきりdisって、あんたら捕まえた側がうわべだけニコニコと聞き流す時間なの。頭いい人たちの時間。んで、どっちかっていうと私のターン。OK?
ここのやりとり次第では、こっちも言いたくない情報言ってみたり、はたまただんまり決め込んで長期化したりするんだから。しょうみ、序盤の一番大事なとこなの。邪魔しちゃダメ。…ですよね?」
正面の、メガネの男を見た。メガネの男は表情を崩さずに頷いた。それを見て女は大柄な男に、
「あんたら脳筋バカ…失礼、肉体派の出番は、こちらが唾吐いたりして頭脳派さんがブチ切れた後。「やれ」って言われてから。そしたらもう思う存分殴っていいから。…で、いいですかね?」
再び、メガネの男に確認する。メガネの男は頷きながら、
「そいつの言う通りだ」
「だ、そうよ。だからしばし、待て」
大柄な男は悔しそうに女を睨んで、一歩下がった。

ふぅ。と、女はため息をつく。
「やれやれ…」
ドスッ
下がった一歩の分だけ助走をつけて、大柄な男が女の右頬を殴った。
「私の「やれ」で反応すな!今の、正規の「やれ」じゃないし、てか、あんたの上司は…」
ヒールの先でメガネの男を指して、
「この人でしょうが!あんたいつ私の手下になったのよ?敵の指示で動くやつがどこにいますか?」
「いい、一旦下がってろ」
メガネの男の命令に、大柄な男は三歩、下がった。
「悪いな。新人で、現場が初めてなもんでな」
「あー、やっぱりそうですか。大変ですね」
「全く」
女は大柄な男に、
「あんた。とりあえず、竹内力が出てる映画片っ端から観ときなさい。あの人、ここも」
ヒールで自分の足元をコツンを鳴らす。
「あそこも」
そのヒールでメガネの男の方を指す。
「あんたのとこも」
大柄な男を指す。
「全ポジション網羅してるから」
黒光りするヒールで指された大柄な男は、
「竹内力、新人研修で全部観た」
と正直に答えた。よく見れば、メガネの男も小さく頷いている。
「あ、観たの?じゃあ何で察することができないかなぁ…。鈍感すぎ」
ドスッ
大柄な男が女の右頬を殴った。
「何よ?」
「…バカにされてる気がしたから」
「…うん。今のは合ってる。合ってるけど、ちょ、また私の足踏んでるってば!」
大柄な男は慌てて足をどけた。女は足首をクルクルさせながら、
「痛…。もう、あんたが踏みまくるから、靴擦れできちゃったじゃない。
…あの、すいません。捕まってる側の分際ですけど、絆創膏ってあります?」
正面のメガネの男に尋ねた。
「絆創膏…」
メガネの男はスーツの内ポケットを触りながら、
「あぁ、1枚でよかったら」
「え、マジですか!?いいですか?」
メガネの男は頷いて、内ポケットから出した絆創膏を差し出した。
「すいません、ありがとうございます。…あ、ちょ、手…」
後ろ手に括られた手をパタパタさせた。メガネの男は顎をしゃくって大柄な男に合図した。大柄な男は少し考えてから女の両手首を括っていた紐をほどいた。女は、
「ありがと」
と大柄な男に声をかけると、メガネの男から絆創膏を受け取って、
「あ、すいません、助かります。ありがとうございます。わ、くまモンだ。可愛い」
そして大事そうにくまモンの絆創膏を右のかかとに貼…
ガシュッ…ザクッ
一瞬の出来事だった。ヒールの裏に仕込んでいたナイフで、まず彼女を上から覗き込むようにして立っている大柄な男の喉を切り、次いで、正面に座っているメガネの男の胸を刺す。
血の滲む右頬を拭いながら、床に倒れ伏す2体の男を見下ろし、息をついた。
「やれや…」
大柄な男の身体がピクッと動いた。左足のヒールで傷口をさらにえぐり、息を確認する。
女は小さく頷くと、今度ははっきりとため息をついて言った。
「やれやれ」

ドスッ


<END>
2021年4月11日  MEKKEMON より

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