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1月21日 スイートピーの花言葉【今日のものがたり】

「スイートピーの花言葉を知っているかい?」
 私は常々思っているのだ。花言葉を口にできるような人でありたい、と。誰しもがなりたいと思って今の立場にいるとは限らない。少なくとも私がそうだ。私は……なりたいと思ったことは一度もないものになっている。いや、そう呼ばれていると言った方が正しいか。

「魔王様、そろそろよろしいですか? 本日のお仕事を始めましょう」
 私の目の前にどさりと、本当にどさりという音が聞こえてきたくらい大量の紙が置かれた。これから何をしないといけないかはわかっている。この、私の目線と同じぐらいの高さまで積まれた紙の一枚一枚に目を通さねばならぬのだ。どうだ、ため息の一つや二つもつきたくなるだろう。

「ねぇ、魔王って勇者がやってきて倒されるのが役目じゃないの?」
「なに言ってるんですか。ははぁさてはまた、城下で見つけた本を読みましたね?」
 私の部下であるジョセフが切れ長の眼を細めてこちらを見てくる。私によく見せる表情だ。
「読書は良いことだぞ」
「それは認めます。ですが、すべてを鵜呑みにするのは危険でございます」
「わかってるよ。フィクションと現実は違うってことは。でも、めちゃくちゃ血沸き肉踊る世界だったんだよ。あ~あれの続編ってまだ書かれてないのかなぁ」
 こっそり城下に行って物色してこようかな。
「魔王様。目がキラキラしておりますが」
「え、キラキラしてた? やっぱりそうなんだよ、そのぐらいおもしろかったんだって」
「では今後も紙の上でお楽しみくださいませ」
「ねぇ、実際に血沸き肉踊る世界をやったらどうなると思う?」
「この魔界が滅びます」
「ですよね」
「ですので、紙の上でお楽しみください。あくまでも、創り話であることをゆめゆめお忘れなきよう」
「はいはい」
「良いですか、魔王様。改めていうことでもございませんが、現実の魔王というのはこの魔界を統べる王。第一に考えていただきたいのは魔界に住まう民たちのことです。そのためには朝から晩までやることは山ほどあるのです」
「なんか、普通の王様みたいじゃないか」
「普通の王様なのです、あなた様も」
「でも、スイートピーは美しい花だぞ」
「存じております。美しいものを美しいとお話しになるのは魔王様でも何ら問題はございません」
「なら、花言葉を話しても……あ! そうだ。じゃあ、スイートピーの花言葉をジョセフが答えられたらまじめに仕事する」
「左様でございますか」
「さ、左様でございます……」
 ジョセフの瞳がキラりと光ったような気がする。
「ふふ……では、いきます。スイートピーの花言葉は『別離』『門出』。ピンクは『繊細』。白は『ほのかな喜び』」
「100点! すばらしい! ……じゃなかった。なんで、知ってるの」
 いかん。勢いで拍手までしてしまった。
「わたくしも、読書は大好きですので。──さ、お仕事いたしましょう」
 く……確かにそうだった。とある書物を探させて、気づいたら読みふけってなかなか戻ってこなかった過去が一度や二度ではなかった……!
「早く始めればそれだけ早く片づくものですよ」
 早く終わったら明日すればいい仕事を今日に持ってきそうなんだよな……言わないけど。
「……私みたいな魔王って歴史に残るのかなぁ」
「お仕事をきっちりされる魔王様でしたら歴史に残ると思われますよ」

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