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9月30日 翻訳の理由【今日のものがたり】

 仕事、ではない。

 私がやってみたいと思ってやっていることだ。誰にも言っていない。知っているのはこの図書館の奥にある書物庫を管理しているクローディアだけ。
 それもそのはず、私のやってみたいことはこの書物庫内だけでしかできないからだ。クローディアは見てみたいと言ってくれた。それだけで私はやる気が満ちた。

 世界には、私の住む国には、“魔法”というものが存在している。魔法名を唱えるだけでも魔法を放つことにはなるのだけど、その魔法が持つ力を確実に発動させるために詠う呪文という言葉がある。それを記した書物がこの書物庫に蔵書されている。
 けれどそれは古代語と呼ばれる、今では誰も使わなくなり、読める人間も限られた魔導士だけだと言われている遙か昔の言葉で書かれてある。

 なのに、どうしてか私はその古代語が読めたのだ。知らない文字を見たときって本当になにこれ? って読めないと思うのだけど、古代語と呼ばれる文字を見たとき、“わかる”と思ったの。わかるし、読めるって。

 一緒にいたクローディアも驚いていたけれど、私自身もすごく驚いた。でもこれは、人にぺらぺら話してはいけないことだと思った。内緒にする。クローディアと私だけの秘密にするんだって。

「私もすらすら読めたら良かったのに……」

 ある日ふと、クローディアがそんなことをつぶやいたの。すらすら読めたら、読書がもっと楽しくなるし、魔法のことも学べるのに。そのときよ、私がひらめいたのは。

 古代語で書かれてある魔法書を今、私たちが話したり書いたりしている言葉に書き換える。そう、翻訳することを思いついたの。

「あの、やっぱり私ではなく姫様の手書きのほうが……」
「何言ってるの。クローディアの書く字はとっても素敵じゃない。私がこの魔法書を読むとしたら、あなたの書いた字で読みたいわ」

 翻訳は私。それを紙に書いて、クローディアが清書する。素敵な分担作業だと思わない?
 正直私は自分の字に自信がなくて。クローディアは「そんなことないです、姫様の字が好きです」って言ってくれて、嬉しくて思わず抱きしめちゃったのだけど。それでも私は、クローディアの字がとても好きなの。

 もしも、もしもよ。今は誰にも話していないけれど、この翻訳した魔法書がこの先の未来に残っていくかもしれない。かつて、誰かが書いたこの古い魔法書を今、私たちが読んでいるように。そういう未来がきたとき、素敵な字であってほしい。クローディアの字は読んでいてワクワクできるのよ。魔法も楽しく学べるはず。

 だから私は翻訳をがんばるわ。くるみを食べながらね。

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