10月4日 取り寄せられたもの【今日のものがたり】
「今日はこの本を抱いて眠ろうかな」
ほしかった本が届いてダンナが喜んでいる。大事なものを抱きしめがちなのは昔から変わらない。
「見た目が古書みたいな重厚感があるね」
「なんだか魔導書みたいでしょ」
「鍵がついてたらまさしく」
「珠理ちゃん、目のつけどころがいいね」
「本来は鍵付きだったの?」
「鍵付きにしようとしてたみたいなんだけど、結局は鍵なしで発売したんだよね」
出版の裏話を知っている……ということは……
「もしかしてそれ、ヤスくんの画集……」
「そう、正解!」
ヤスくんとはダンナの友人で、私は高校生の頃知り合った、現在は画家の飛田 泰弘のことだ。
この山穂村に長いこと住んでいたのだけど、ある日突然いなくなった。アトリエに絵も、絵を描く道具も、すべて残したまま。
“家賃は払い続ける。部屋に入ってもいい。調べてもいい。そのあと元に戻してくれるのなら”
そんな手紙がダンナ宛に届いた。すぐアトリエに行ったのだけど、ヤスくんの姿はもうどこにもなかった。
「発売されたときに買わなかったの?」
「もちろん、買ったさ。でも、あいつの家に持っていってそのまま置いて来ちゃったんだよね」
「なんで?」
「なんでだろうね。僕もそれが思い出せないんだよ。あいつに何か言われたのかもしれないん
だけど」
「それをどうして今になって取り寄せたの? というか、よく取り寄せられたよね」
「毎日ってレベルでどこかにないかずっと探していたから」
「……見つかって良かったね」
「うん。すごいなんだかホッとしている。まるであいつが帰って……」
ダンナはそのあとは続けず、かわりにゆっくりと画集を開いた。最初のページに描かれているのは天使だ。空を描くことの多いヤスくんにしてはめずらしい“人”を描いた作品だ。
「星川にも見せたいな」
ダンナが、春に山穂村にやってきてくれた私たち夫婦と同い年の青年の名を口にした。今は私に変わって山穂図書室の司書をしてくれている。彼もまた、画家・飛田泰弘を知るひとりだ。
「星川さんはこの画集のこと知っているかな」
「知っていたらなかなかの筋金入りだな。知っていそうだけど」
「知っていたら嬉しいんでしょ」
「そりゃあ、嬉しいさ。話せることも増えるしね」
ダンナは星川さんのことが心配なのだと思う。そう、どこか、突然いなくなってしまったヤスくんに似ているから。
いつか、ヤスくんと星川さんが山穂で会えたら……多分ダンナはその日を待ち望んでいる。そして、その邂逅を喜ぶダンナを、私は見たいと思っている。
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