![見出し画像](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/51713301/rectangle_large_type_2_32fa0ceca12ecae838d44abf7c1b2cf8.jpg?width=800)
5月6日 コロコロ転がる【今日のものがたり】
「おい、オイラをただの掃除道具として使うな」
部屋の隅に置いてあるコロコロを転がしたら、コロコロがそんなことを言ってきた。
「コロコロ転がしてゴミを取る掃除道具なんだから正しい使い方でしょ」
「オイラがこうやって覚醒しているときは人間のように扱えと学校で習わなかったか?」
覚醒……“もの”が、人間のように話ができる状態になっているときのこと。
「習ったけど、今はコロコロ転がしたい気分だったの」
「ご機嫌斜めってやつか。人間はコロコロ気持ちが変わるっていうから大変だな」
本当にね。大変だよ。
わたしはベッドにダイブする。そこまでふかふかのベッドじゃないけど、ダイブしたい気分だったのだ。
「なぁ、その指にはめてる指輪はおまえのものじゃないな」
「どうしてそう思うの?」
「似合ってないから」
「ずいぶんストレートに言うんだね」
「似合ってないものを似合っているというほうが失礼だろ」
「……一理ある」
「で、その指輪、まさかと思うがぬす……」
「そんなことしない! これは落ちてたのを拾ったの!」
わたしは起きあがって反論する。
「落ちてた?」
「お姉ちゃん、おっちょこちょいなところがあるから」
「“お姉ちゃん”のものだとわかっているなら、なんですぐに渡しに行かないんだ」
「それは……」
わたしは指輪を隠すように手で覆う。
「“お姉ちゃん”が困ればいいと思ってるんだろ」
「そんなこと思ってな……ううん、少し思ってる」
言って、わたしは枕に顔をうずめる。コロコロにはなんでか正直に話してしまう。
わたしが魂を宿らせたからかな。10歳までの子どもが使うことを許されている力で、わたしが初めて魂を宿らせたコロコロ。
「だって、嫌なんだもん。お姉ちゃんがここからいなくなるのが嫌なの」
お姉ちゃんは来月結婚式をあげて、この国から出て行ってしまう。お姉ちゃんの嫁ぎ先はここからすごく遠くて、結婚しちゃったらしばらく会えない。
「でも、結婚することは嬉しいの。お姉ちゃんも幸せそうだし、わたしも嬉しいって気持ちはあるの。でも、嫌なの。素直におめでとうって言えない。でも、言えない自分も嫌なの」
相反する気持ちがわたしの心のなかでぐるぐる渦巻いている。どっちも本当の気持ちで、だから、どうしたらいいのかわからない。
「本当は笑顔で結婚おめでとうって言いたいんだな」
言いたいよ。お姉ちゃんはきっと笑顔で「ありがとう」って言ってくれるから。わたしはお姉ちゃんの笑顔が大好きだから。
でも、言うときは心からおめでとうと言いたい。ぐるぐる渦巻いている気持ちをなくして。
「コロコロが、わたしのこの黒い気持ちまでコロコロきれいに取ってくれたらいいのに」
わたしは手を伸ばしてコロコロを転がす。覚醒しているときはコロコロ自身の意思で転がらないこともできるのに、コロコロは転がってくれた。いつもより長めに。そして、壁に当たり動きが止まる。
「人間のそんな心を取れるわけないだろ。オイラは掃除道具なんだから」
わかってるよ。言ってみただけだよ。
「でも、オイラは“お姉ちゃん”がおまえに買ってくれたものだろ。そしておまえが魂を宿らせた初めてのもの」
そう。だからこうやって、わたしのグチみたいな話を聞いてくれる。
「嫌だと思うことが黒い気持ちだと感じているのなら、なんとかなるとオイラは思うぜ」
「……もしかして、慰めてくれてる?」
「オイラはいつも優しいだろ」
「自分で言うか」
コロコロに表情はないけど、たぶん今、笑っている。わたしもつられて少し笑えた。
「おまえは魂を宿らせてくれた恩人だからな。よし、今日はとことん、オイラをコロコロ転がしていいぜ」
「……ありがと」
「思う存分転がしたら、指輪を渡しに行こう」
「……うん」
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?