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4月7日 魔法使いのセルフケア【今日のものがたり】

「エレン、エレン」

「エレン」

「……わっ!」
 ママの顔がすんごいどアップでわたしの顔の前に現れたからびっくりしちゃった。

「どうしたの、エレン。あなたこのところ、ぼんやりしていることが多いわよ」
「ご、ごめんなさい。ちょっと、考え事をしていて」
 そっか。わたし、ぼんやりしていること多いんだ。全然気づかなかった。でも……
「何か悩みでもあるの? ママに話せること?」
「ううん。悩んでいることはないよ。大丈夫。ありがとね、ママ」
「そう。それならいいけど……。お店番も大変だったらいつでも休んでいいのよ。あなたにもあなたの時間があるのだから」
「うん。でも、わたし、ここが好きだから。ぼんやりしないように気をつける」
「エレン、こちらこそありがとう。今日はもう少し、お店を見ていてほしかったから」
「まかせて!」

 ママが忙しいのは知ってる。でも、ママはパパと一緒に夢を叶えて、それで毎日忙しいんだ。すごいなって思う。夢を叶えるって本当にすごい。

 夢、かぁ。
 悩んでいることはないと言ったけれど、考えていることはある。森で出会った女の子のことだ。山菜を採りに行ったら魔物に遭遇して、そのとき助けてくれた魔法使いの女の子。アーリンさんという名前だと教えてもらった。あの日からずっとアーリンさんのことが気になっている。私と同じくらいの年に見えたのに、なんだかすごい魔道具を使ってわたしを助けてくれたから、どうしても「さん」づけをしてしまう。

「こんにちはー」

「え、ええっ?!」

 考えていたら、アーリンさんがお店へやってきた。ほ、ほんもの? でも、わたし、人の顔を覚えるのは得意だから……アーリンさんで間違いない。でも、え、え? わたし、あのときこのお店のこと教えたっけ?

「魔物の丸焼きは食べられるようになった?」
「え、えーと、あの……まだ、です」
 助けてくれた日、倒した魔物を丸焼きにして山菜と一緒に食べるとおいしいって言っていたのだけど、わたしは丁重にお断りをしていた。だ、だって、魔物だよ? 食べられると聞いたことはあるけど……まだちょっと恐い。

「そっか。でも、魔物なんて食べなくても、おいしいパンがこんなにあるんだもんね」
 アーリンさんはわたしが嬉しくなることを言ってくれる。そう、ここのパンはとってもおいしい。世界一おいしいとわたしは思っている。

「あ、あの、アーリンさんはどうしてこちらに?」
「セルフケアのために買い物をね」
「セルフケア?」
 どこの言葉だろう。聞いたことあるような、ないような……。
「魔法使いたるもの、自分自身のケアも大事にしないと強い魔法力を得られないからね」
「自分自身のケア……セルフ、ケア……」
「ちょっと前に読んだ新聞にそういうことが書かれてあったんだ。良さそうなものは実際に手に取ってみるっていうのが私の信念で」

 アーリンさんはきっと、すごい魔法使いになるような気がする。わたしがそう言っても全然説得力ないと思うけど、なると思う。
「ということで、あの日、すんごくおいしそうなパンを持っていたエレンの家のパンが気になったので来てみました!」
「わたしの家のパンが……」
「おいしいものを食べるのもセルフケアの一環として大事だからね」
「あ、ありがとう! おいしそうって言ってもらえるのすごく嬉しい。本当においしいから。あ、気になるパンがあったら試食もできるので!」
 




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