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2月9日 白いお皿と豆大福【今日のものがたり】

 私には大福の思い出がある。
 
 小さい頃、学校から帰ると家には誰もいないことが多かった。
 家にはリビングと呼ばれるところはなくて、居間みたいなところにこたつテーブルがあって、そこでご飯も食べるし、テレビも見ていた。
 
 家に誰もいないときのサインがテーブルの上の大福だった。
 セロファンシートに包まれた豆大福。その横に小
さなメモが置かれていた。
「今日は帰りが遅くなるので大福食べて待っていて下さい」
 そこそこまじめだった私は、宿題を終えたご褒美として、その大福を食べるようにしていた。集中できなくて、おなかが鳴ったこともあったけど。
 
 大福の食べ方は包み紙をはがしてそのままぱくっといくしかないと思っていた。でも、ある日に置かれていた大福に竹楊枝がついていたのだ。私はいつもより三割くらい早いスピードで宿題を終えてご褒美を手に取った。でも、いつもと同じ食べ方ではいけないような気がして、台所から白いお皿を持ってきた。
 白いお皿の上に白い大福。今ならバランスが……なんてことを思ったかもしれないが、そのときはとびっきりのアイデアみたいに感じていた。

 お皿の上にちょこんと置かれた大福はとても可愛らしかった。つんつんと指で押してみたり、お皿の向きを変えてみたり、しばらくの間、大福を見つめていた。大福と遊んでいたのだ。
 それからは、宿題の量でそのまま食べるか、お皿に移すか選んでいた。
 ある日、いつもの豆大福ではなく、いちご大福とかかれた大福がテーブルに置かれていた。なんで? と、宿題をしているときも考えて、問題文に誕生日という文字を読んだところでその日が自分の誕生日だということを思い出した。

 いちご大福はおいしかった。大福はもちろん好きだし、いちごも好きだ。でも、こんなことを言ったら悲しませるかもしれないけど、私はいちご大福より、いつも食べている豆大福のほうが好きだった。何よりいちごは一個じゃものたりない。食べざかりの子どもだった。

 大人になった今もご褒美、といえば大福になる。たとえば、今日みたいに残業があった日は豆大福を買って帰る。
 白いお皿の上に大福を置いて眺めるのだ。あの頃のように。

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