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9月4日 クラシックの調べに乗せて【今日のものがたり】

「こうやって、誰も驚かせず、ピアノの音色を聞いているだけの夜、というのも良いものね」

 とある学校のとある女子トイレでのつぶやきである。

花子はなこ姉さんが物思いに耽るなんて……新月に近いからですか」

 トイレの入り口で“彼女”に話しかけているのは、身体の一部が丸見えの人体模型。午前2時の校内はそういう空間なのだ。

「別に、月の満ち欠けなんて私には……関係あるのかな、やっぱり」
「“ある”と、わかっているでしょう。でも、モーツァルトさんやベートーヴェンさんの音色は僕が聴いても心地よいと思います。クラシック音楽って言うんですよね。彼らが作った曲たちのこと」
「クラシック……私たちの存在もすでにクラシックなのかもしれないわね」
「どうしたんですか、姉さん。あした、イメチェンするとかないですよね」
「まさか。私はいつまでも私のつもりよ」
「ですよね。彼らの素敵な音楽が生き続けるように、素敵なものはずっと残るんです。花子姉さんもそうです」
「なんだか寒気がするわ」
「ひどいなぁ、姉さん。本当マジなのに。でも、だからこそ、というのか、最近ふと思ったことがあるんですけど……」

 音楽室から聞こえてくる音色が転調した。まるで、ここでの会話に合わせるかのように。それが一押しになったのか、人体模型は花子の返答を待たずに話を続ける。

「トイレの花子さんって女子トイレってイメージですけど、男子トイレにそういう人というか存在っていないんでしょうか。トイレの……花男さんみたいな」
「……知りたい?」
「し、知りたいです!」
「残念。もうすぐ夜が明けるわ。このお話はまた今度」
「そんなぁ……夜ってこんなに短かったかな……」
「だから夜は貴重なのよ」

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