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10月22日 図鑑のお供はドリップコーヒーで【今日のものがたり】

 オフィスには子供向けから大人でも難しく思えるガチめなものまで、かなりの図鑑が揃っている。
 上司の北山きたやまさんとその上司である南川みなみかわさんが主に購入してここに保管してあると聞いた。

南川あいつは図鑑を読むのが趣味みたいなものだからな」

 北山さんは南川さんと同い年だ。なので、社外ではタメ口らしいのだけど、社内ではしっかりさん付けをして話をする。でもたまに今みたいに素の出ることがある。きっとそれが本来の自然な形なんだろうなと、すこし羨ましい思いをいだきつつ、“あいつ”と呼んだことに気づかなかったふりをして話しかける。

「図鑑を読んだり見たりするのって楽しいですよね。これだけの量を個人で買うのはなかなか厳しいですし、持ち歩きもしづらいので、ここにたくさんあるのはすごく有り難いです」
水戸部みとべくん、嬉しいことを言ってくれるね。お礼に僕のオススメを紹介しよう」

 北山さんはドリップでいれたコーヒーを一口すすって立ち上がり、図鑑の棚へ向かう。
 最近北山さんはドリップコーヒーにハマっているのか、出勤するとだいたい飲んでいる。オフィス内にコーヒーの香ばしいにおいがただよう今日この頃だ。

「はいこれ、おやつ図鑑」
「おやつ図鑑」

 植物とか空とかそういう感じの図鑑を想像していたので、僕は思わず北山さんと図鑑を交互に見比べてしまった。
 姉さんや深景みかげが目をキラキラさせながら見そうな図鑑だ。

「これを見て、ドリップコーヒーに合うおやつを探しているんだよ」
「見つかりましたか?」
「うん。実はお取り寄せしてて、明日届く予定なんだ」
「明日!」
「届いたら水戸部くんにもお裾分けするね」
「いいんですか? 本に載っているものってお高いイメージがあるんですけど」
「おいしいだろうものは独り占めするより、みんなで食べたほうがよりおいしくなると思うんだよね。ということで楽しみにしててよ」
「ありがとうございます」
「あ、そのときには僕のお気に入りのドリップコーヒーをいれるからそっちも楽しんで。……あ、コーヒー大丈夫だよね?」
「大丈夫です。飲みます」
「良かった。よーし、今日の仕事はいつも以上にはかどりそうだ」

 席に戻った北山さんがにこにこしながらコーヒーを飲んでいる。僕はそばにあるペットボトルを見つめる。中身はミネラルウォーターだ。北山さんを見ていたらコーヒーを飲みたくなってきた。でもそれは明日の楽しみにしよう。北山さんのオススメコーヒーとおやつが待っている。よーし、その前にしっかり仕事を終わらせよう。
 僕はお水を一口飲んで背筋を伸ばし、今日の業務に必要な図鑑を開く。

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