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7月28日 自由な研究に嘘はなく【今日のものがたり】

「な、何をお調べなのですか」

 魔王様がいつものお部屋におられず、もしやと思い、書物庫へやってきたのですが……。本当にここにいらっしゃるとは。

「うわずった声で聞くことか」

 魔王様に仕える身としまして、なるべく喜怒哀楽を外に出さぬよう努めておりますが、まだまだ修行が足りぬようです。

「すみません。ですが、魔王様が眼鏡をかけて書物を眺めているなど……何年……いや何十年ぶりか……」
「はっ。それはさすがに誇張しすぎだ。本当にそう思っているのだとしたらジョセフ、君は少し時間と向き合ったほうが良さそうだな」
「そんなガチトーンで返さないでくださいよ」
「私はいつでもガチのつもりで話をしている。嘘をついたことはないのだからな」

 眼鏡の奥の瞳が鋭く光ったのを私は見逃しませんでした。まったく、おっしゃるとおりでございます。魔王様という存在は嘘をつくことを許されない、それはそれは厳しい立場にある御方なのです。
 だって、人は思わず、嘘をついてしまう生き物でございましょう。嘘をつかずに生き続けることのなんと難しいことか。

「毎日毎日、資料に目を通していると、興味深いものに出会うことがあるのだよ。今日はそれを解き明かそうとここへ来ている」
「興味深いもの……」
「この年になってありがたく思うのは、自分が今だと思ったときに好きなだけ自由に調べて自由に研究できると言うことだ」

 魔王様ほどの位にある者がこうして貪欲に知識を得ようとする姿……改めて私はすばらしき御方に仕えているのだと実感いたしました。
 たまに、意地悪なことをおっしゃられても許してしまうのはこういう思いにたびたび至るからなのですね。

「なにをやろうかと悩み考えるのは悪いことではない。そのために時間はある。時間がないと思うのは何も考えていないからだ」

 ですが、皆が魔王様のように時間はあると思えるほど長命だとは限らないのですよ。

「……とでも思ったか? ジョセフ、私が何をしたらかの御方に命を渡す契約が交わされているかを知っているだろう? それでも長命だと言えるのなら……そう思うが良い」

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