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10月29日 てぶくろと和服【今日のものがたり】

七生ななおくん、はいこれあげる」

 七海ななみちゃんがそう言って差し出してきたのは毛糸で編まれた手袋だった。深緑から濃紺のグラデーションになっている。

「もしかして七海ちゃんの手作り?」
「そうだよ。このグラデーション毛糸見つけたとき、和服の七生くんに似合いそうだなぁって思って」
「編んでるところは見てたけど、てっきりはるさん用だと思ってた」
「遥くん用も編んだけど、こっちはちゃんと七生くんの手袋だから」
「俺にも編んでくれるなんて……七海ちゃん、ありがとう」
「どういたしまして。七生くん、いつも高いところの物を取ってくれたり、重いものを運んでくれるから、そのお礼も込めて」
「いやいや、そういうときのためのデカい俺でしょ」
「あはは。デカい俺。おもしろいね、七生くん。でも、なんかまた背伸びてない?」
「ああ、実は2センチ伸びた」
「えー2センチも?! 私なんて下手したら縮んだかもしれないのに……ミリ単位だけど。ああ、双子なのにどんどん身長差が……」
「家族のなかで俺が一番長身になったな」
「七生くん、鍛えてるし大きいし、着物姿も映えるから、お父さんもお母さんもカタログ撮影に気合い入るよ、きっと」
「撮影、か……」

 呉服屋 深町いえの商品を紹介するカタログは撮影はプロの方にお願いをしているのだけど、モデルは結構身内率が高い。そう、俺も七海ちゃんも駆り出されている。
 嫌、というわけではないのだが、カメラの前でポーズを作ることが未だに慣れない。なので、カメラマンさんを始め、両親や七海ちゃん、つまりはまわりの人全員からいつもアドバイスというか指示を頂戴しながら撮影している。

「あ、そうそう、その撮影で着る着物のチェックをお願いってお母さんに言われてたんだった」
「そうなの?」
「今回は男性用着物により力を入れるって言ってたから、七生くんの撮影量も増えるんじゃないかな。楽しみだね」
「お、おう……」

 着物を着ること自体は楽しいけど、たくさん撮られるということはその分ポーズのパターンも増えるということで……どうなることやら……。いやいや、呉服屋 深町の人間としてしかと努めさせていただきます。

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