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11月6日 お見合いアパートメント【今日のものがたり】

 朝、お布団から出てカーテンを開けたら一気に目が覚めるような青空だった。私は急いで洗濯機のなかに洗うものを放り込む。こんな洗濯日和は久しぶりだ。部屋干しはあまり好きじゃないから晴れるのを待っていた。

 今“やるべきこと”はこの間終わったばかりだし(終盤はずっと雨で大変だったけど)、しばらくは今後のことを考えつつゆっくりできるかな。

 そんなことを思いながら朝食をいただく。“やるべきこと”の最中も似たようなものを食べていたのに、あのときより今日のほうがおいしく感じる。やはり、大丈夫だと自分を信じていても心はどこか緊張していたのかもしれない。

 洗濯が終わり、タオルやら服やらカゴに移していったら思った以上に山盛りになってしまった。こんなに溜めていたのか私……。

「よいしょっと」

 ベランダにカゴを置いたときだった。音がした。私の鳴らしたものではない音が。

(こ、これは、もしや……)

 隣の部屋の人と同じタイミングでベランダに出てしまったのでは……。板で区切られているから完全に姿は見えないけれど、気配は感じる。家にいるときはのんびりしたいからそういう感覚をなるべく鈍らせているのだけど、これだけすぐそばに生身の人間がいれば……それは誰だって気配は感じるものよね。

 でも、隣の人は何のためにベランダへ出たのだろう。このアパートメントは喫煙はできない。もちろんベランダでもNGだ。ここを選んだ理由のひとつがそれでもあったし、では、なんのため……?

 私と同じで、洗濯物を干す?

(ちょっと待って。ここで私が洗濯物を干したらバレてしまうかもしれない)

 私の職業が。
 いや、洗濯物を干す場所はベランダの手すりよりは手前だからのぞき込まれでもしない限りは見えることはないはず。ま、アパートの外からは丸見えだけど。
 と、とにかく、洗濯物はきちんと干そう。隣の
人は隣の人。私は私。それぞれベランダでやりたいことをやるだけ。そう、それだけだ。

「ふぅ~」

 大量の洗濯物を干し終えて私は一息つく。干すのに集中していたせいか、隣の人の気配はいつの間にかなくなっていた。ただ、外の空気を吸いに出ただけだったのかもしれない。

 さてと、ここのところずっと食べるのを我慢していた特上ロースを食べに行こうかな。自分へのご褒美に。

「え……」

 玄関の扉を開けたときだった。隣の部屋の扉も開いたのは。こういうとき、何となく気まずいから出るのをためらい、扉を閉め少し間を空けてから出るようにしている。最近はこういうことなかったんだけど……と思いつつ、気持ち10秒待ってもう一度開けた。

 また同時だった。ベランダに続いてどういうこと? しかし、ここはもう、外に出よう。特上ロースを早く食べたい。

「え、え、どうしてカイトくんがいるの?!」
「わっ! え、え……ベティさんこそどうしてここに」

 隣の部屋から出てきたのは先日まで一緒のパーティで“やるべきこと”を遂行していたカイトくんだった。

「それはこっちの台詞。私はもうかれこれ5年はここに住んでいるのよ」
「そうだったんですか。僕はあのあと、引っ越しをしまして……」
「竜騎士もこういうアパートメントに住むものなのね」
「世を忍ぶ……なんて話してしまったら意味ないですね。でも、はい、普段はこういったところに住んでおります」
「ふふ。さっきベランダに出たでしょう? そして今、出かけるタイミングも、どちらも一緒だった。もしかしたら私たち、気が合うのかもしれないわね」
「白魔道士のベティさんにそう言われると恐縮です。僕はまだ駆け出しの竜騎士ですから。でも、嬉しいです」
「次の“やるべきこと”が生まれたらまた一緒のパーティーで行動する?」
「ベティさんがよろしければぜひ」
「楽しみね。……ところであなたの相棒である竜はどこにいるの?」
「隣の部屋にいます」
「え?」
「冗談です」
「びっくりしたー。人間サイズの部屋だから、何かの技術で小さくしているのかと思った」
「竜の居場所は教えられないんです。こればかりは企業秘密で」
「……なるほど。でも、そうよね。簡単に場所を教えたりなんてしたら狙う人も出てくるものね」
「ベティさんはどこかへお出かけですか?」
「そうそう。これから特上ロースを食べに行こうと思って。ご褒美に」
「特上ロース……」
「カイトくんも一緒に食べる? とびっきりおいしいお店を知っているの」
「ベティさんがよろしければぜひ」
「それじゃあ決まり。あ、でも、カイトくんも何か用事があったんじゃないの?」
「僕の用事は明日でもできることなので。話を聞いているうちに、僕もめっちゃ特上ロースが食べたくなりました」
「ふふ。では、一緒に行きましょう」
「はい」

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