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2月24日 二部式帯を身にまとい【今日のものがたり】


 背後に人の気配を感じて、私はとっさに時間を確かめた。
(うわ……20分以上読んじゃってる……)
 本屋さんでの立ち読みは良くないことだと知りつつも、中を少し確認したくて、ぱらっとめくってそのまま読み始めて……

「着物、着てみない?」

 声をかけてきたのは店員さんではなかった。
 
*   *    *

「これも帯なんですね」
 私は今、呉服屋「深町」にいる。
「そうだよ。二部式帯って言ってね、通常の帯と作りが違っていて、胴に巻く部分と、お太鼓の部分が独立してるんだよ」
「通常の帯より速くつけられそうですね」
「そうそう、それが利点なんだ。一人でもつけやすいし」
「猫柄でかわいいですね」
「でしょ、でしょ。千夜子(ちよこ)ちゃんに似合うと思ってこれにしたんだ」
「ありがとうございます。猫大好きです」
「良かった。私も猫大好き」
 
 あの日、私はさつき堂書店で着物の本を物色していた。そのころ読んでいたマンガの主人公が可愛らしい着物を着ていて、着物に興味がわいたのがきっかけだった。
 商店街に呉服屋さんがあるのは知っていたけど、敷居が高そうだし、高い着物をすすめられたらどうしよう、うまく断れるかな、なんて考えて、入ることができなかった。今なら、そんなこと起こらないからって自分につっこめるけど、あのときはけっこう本気でそう思っていた。
 でもまさか、その家の人から声をかけてもらえるなんて。

「千夜子ちゃん、ありがとうね」
「なにがですか?」
「着物に興味を持ってくれて」
 七海先輩はいつも笑顔で私に着付けを教えてくれる。お礼をいうべきはこちらなのに、先輩はいつも「ありがとう」という気持ちを私に伝えてくれる。
「いえいえ。こちらこそ! まさかこうやって、着物を着れるなんて思ってもいなかったので」
 あのとき、立ち読みをしていて良かった。……いや、立ち読みはやっぱり良くはないんだけど、うん、これから本はなるべくさつき堂書店で買おう。

「ねぇ、千夜子ちゃん。今度、大牧(おおまき)くんと遊び行くとき、着物着ちゃいなよ」
「え、え、えっ? お、大牧くんって……え?」
 七海先輩からまさかの名前が出てきて、私はうろたえてしまった。な、なぜ、先輩が大牧くんのことを知っているのだろう。
「『深町』は着物のレンタルもやっているし、髪も着物に合うようにスタイリングするよ」
「……か、考えておきます」
 ああ~ほっぺが熱くなってきた……。大牧くん……ああ、ダメだ、着付けに集中できないですよ~七海先輩……!

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