1月5日 ふたつの遺言【今日のものがたり】
目覚めると私はすごくやる気に満ちていた。
今日だ、今日しかない。私は急いでリキのもとへ走った。走っていることに少し驚きつつ。
「リキ、おはよう。手紙、読んでくれた?」
あんなに走ったのに息が切れてない。私はだから、リキに笑顔を向けられた。
「お、おはよう…ナギ」
リキが私の名前を呼んでくれる。ナギっていう名前の響きが一番素敵に聞こえる声。
「驚かせてごめんね。でも、今日しかないと思って」
「うん。大丈夫。ナギの突然には慣れっこだから」
リキはそう言って笑ってくれるからホッとする。
「リキ、一緒に散歩できる? あんまり、遠くにはいけないんだけど」
「うん。わかってる。お城の周りを散歩しよう」
……ん? 遠くにいけないのはなぜだっけ? でも、確かにそうだったような気がするから、いいか。
「今日はお天気もいいし、散歩びよりだね」
「ナギはよく、いろんな草花の名前を聞いてきたよね」
「だって、リキは私が聞いたらいつでも答えてくれたから」
これからだって、聞いたら答えてくれるよね。
そう言おうとしたのに、なぜか、口にできなかった。
「……リキ」
「なに?」
「わたし……いつもと変わらないよね?」
「ナギはいつだってナギだよ」
なんだろう。今日の私は、言おうと思っていることと、口にしていることがなにかどこか、ずれているような気がする。でも、口にしたことのほうが言うべきことのような気もする。
リキは穏やかな表情で歩幅を私に合わせて歩いてくれている。
「ごめんね。これからは思い出のなかにしかいられなくて」
……私、本当にどうしたのかな。これじゃまるで……。
「そんなことないよ。思い出のなかにいてくれるだけで僕は嬉しい」
まるで、もうすぐ消えてしまうようなそんな気がする。そうか、私は……
「リキ。私、リキに遺言を書いたんだ」
苦しい言葉だった。口にしてこんなに苦しいなんて思わなかった。
「うん。この手紙のことでしょ。いつまでも大事にする。僕とナギの最後の約束だね」
リキはいつも、私のほしいものをくれる。今ほしかったのは優しい声と笑顔。でも、違う。そうじゃない。だって、だって私は……
「リキ」
「どうしたの、ナギ」
ほら、また。私が私の名前を一番好きだと思える声だ。
目覚めた私はベッドのなかだった。
カーテンを開けたままの窓から朝陽が射し込んでいる。
「まぶしい……」
そうだよ、私は目覚めるんだよ。私は……。
引き出しのなかにしまったままの手紙。信じたくなくて、封を開けることすらできなくて、でも、開けないままではいられないこともわかっている。
あの手紙は、リキの遺言なのだから。