見出し画像

1 城跡と鉄の馬




 「産業革命以前、馬や牛、動物に協力してもらって移動する事が多かった。
 エジソンが電気を発明、ライト兄弟が空を飛んで世界はだいぶ変わった。」
 
 某、カローラレビンと呼ばれる旧車です。
 20年、あるじと旅をして来ました。山あり谷あり、坂あり、ヘアピンカーブありの、道のりでした。

 あるじは、公共交通機関を使用する時、暖房や冷房や、誰かが食べている何かとか、そういう自分都合ではどうしようもないものに、左右されてしまう体質で。
 体調を崩さないように周りに迷惑かけたくない思いからさらに緊張して、胃の中を空っぽにして乗る程で…。
 某を入手する時には、かなり力を込めて、選ばれました。
 これで自分で色々な場所へ行ける、その為なら頑張れる、と。
 それが…その覚悟が、少々仇になったかもしれません。何度か深い谷のような絶望感を抱えてしまう時期もありました。

 ところで、皆さんは全国各地、有名な文化財とされる城から、歴史に埋もれその痕跡は僅かな城がある事はご存知と思います。
 この山国も、十の国々に囲まれ海はなくとも豊かな湖や山の恵み、また生活を潤すに充分過ぎる雪を抱く里など、昔から「手に入れたい、その資源で生活をしたい」とされる土地でした。もちろん、豊かさだけではなく自然は厳しさをも併せ持ってひとつです。
 そんな山国には大小数々の城跡があります。自然を武器に、数々の要所とされて居た場所です。
 住民全てを巻き込んだ攻防土地とも伝わる小岩獄城や、天守を築いた比較的平和であった世から、刀から鉄砲、馬から鉄の戦艦へ移行しそれらによる大戦争中焼失を免れた松本城。
 北から南、東から西へと走る途中、そうした城から城への道なども楽しめるのですよ。

 高速道路という時間を買える文明の利器を用いて、あるじは、年に一、二度、高遠、小田切城跡付近へ参ります。
 行きは黙って、しかし帰りはなにやら独り言を言いながら帰ります。車の中はいわば密室。ご自身のお部屋よりさらに小さく、見えているのは目の前だけ。集中力を欠くわけにいかない運転ではありますが、だからこその思案集中、何度も反芻して咀嚼して、記憶の引き出しに片付けるのにはうってつけ。

 そうしてあるじは、何年も、引き出しの中にしまっては、取り出し、何度も同じ手紙を読み返すように、道のりを繰り返しました。
 
 手紙と喩えたのもあながち悪くないようで、あるじは未来の自分に、今日のこの日が来る事を願って、わからないものはわからないと切り捨てる事なくとりあえずしまって置いたようでした。
 過去から未来へ、いつかの今日へ、今日の自分が「わかってきた…」と言えることを諦めなかったのだと思います。

 様々な事が、表面化したり、まだまだ水面下に追いやられたり、明るいか、平和かすらグラグラと定まらない現代。
 あの頃の未来、21世紀でありながら、いまだに極寒に少し見える氷山のようなこの世界で、アンテナを拡げてなにかを受信出来るかは、運、かもしれません。
 手繰り寄せる術は、人それぞれです。
 感覚、文書、音、経験、すべてが術に繋がります。男女問わず、若いなら老いるにつれて。
 
 20年も経つと、某を支えるネジ一個、バネ一本、これだけ技術が進歩しているにも関わらず、廃れ、手に入らなくなってきました。 
 某、とうとう、アンティークの域に達してしまいました。
 
 アンティークを愛しみ、直し、熱意を込めてくださるすべての職人へ、感謝を込めて。
 
 そしてあるじへ。
 クラッチを滑らせることなく乗りこなしたその技術、エンジンを焦がすことなくメンテナンスを欠かさなかったMT車への愛を、某たくさん受け止めております、いつかまた、めぐり逢いましょう。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?