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海底に棲む



僕等が彼等と分離したのは遠い昔のことだ。

きっと『古代』という言葉が正しいのかもしれない。

どうして分離したのか詳しくは知らない。

でもきっと彼等は水中での生活に限界を感じたのだと思う。

今、僕等が過ごしている様子を見れば、彼等は分離して正解だったと大きく頷くのだろう。

先代の先代、そのさらに先代、もっともっと遡った先代の生きていた頃は、海面近くで僕等は過ごしていたそうだ。

その頃は太陽とかいう天体が出す光を受けて、きらきらした世界だったとか。

あと太陽の光っていうのは暖かくて、ぽかぽかするのだそうだ。

平和だったよ、と伝え聞いている。

とはいえ、今でも僕等の世界は平和だということは留意しておきたい事実である。


話を戻そう。


僕等は徐々に棲み処を太陽の光が届かない下の方へと移していった。

だから今の僕等は太陽を知らない。

きらきらしていて暖かい、という情報しか僕等は知らない。

これからもこの海底で生き続けるのだから知らなくてもいいことなのだけれど。

先代たちがどういう思いで海底へと棲み処を移したのかは、彼等の手の届かない場所に逃げる為であったらしい。

彼等は僕等の捕食者なんだ、と現在の長も言っている。

僕等の能力を食べて奪うのだ、と。

海の中を自在に動き回るだけの能力をどうして欲しがるのか、僕等にはわからない。

そもそも彼等は海の生活が嫌で分離したと聞いていたのだが。

ただ、彼等が分離したのは古代ということだから、現在の彼等には僕等のような能力が必要になってしまったのかもしれない。

しかし、こんな海底に分離した彼等が大人しく棲めるのだろうか。

食べる物だってだいぶ違うだろうし、と周りに目を凝らす。


海底の割れ目から黒い煙が上がっている。

僕等の主食はだいたいこの黒い煙だ。

そんなにお腹が空くことはない僕等にはこの煙だけで十分だ。

そしてなにより、この黒い煙は暖かい。

黒い煙の周りに円を描くように僕等の棲み処が広がっている。

ここに居れば安全なのだ。

出て行くと彼等に捕まる。

だから僕等はここで静かに暮らしている。



たまにすごく遠い上の方でチカチカと何かが光っているのが見える。

長は発光する魚やくらげだと言っていたけれど、そういう光とはちょっと違う。

僕等はそれが彼等であることを心のどこかで感じていた。

そのうちきっと僕等の棲み処も彼等に見つかるのだろう。

それがどのくらい先のことなのかはわからない。

でも僕等はそれまで気ままに、この黒煙が上がる海底で生き続けるだけだ。


このままずっと平和に過ごす。


彼等がやって来る、その日まで。





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