マコの涙と、赤い糸。(エッセイ)

今月、マコが生まれてから一年になる。
と言っても、マコは外で生まれた猫だから、正確な誕生日はわからないのだけれど。


去年の今頃、マコはまだこの世に降り立っていなかった。
そう思うと、今目の前にいることが、とても不思議だ。

今はもういない、私の愛した犬たち。
みんなが今いる場所から、マコはここにやってきたのだ。



母猫に置いていかれた後、母猫が本当に戻ってこないか様子を見ながら、慎重に保護してくれた人にマコは助けられ、人の手からミルクをもらって育てられた。
やっと離乳食になった頃、我が家にやってきたマコは、手のひらに乗るほど小さく、吹けば飛びそうな存在でありながら、その小さな体からは、ぴかぴかと力強い光が放たれているようだった。


マコは人懐こい猫に育ち、玄関に人が来ると出てきて初対面の人にも抱っこをさせる。
猫を飼うのは初めてで、それが珍しいことだということは、人から教えてもらって初めて知った。
お出迎えもそうだが、ボールを投げたら取って来て渡してくれたり、言われれてみれば、マコは犬っぽいところのある猫だ。

マコは大きくなった。
狩り遊びが好きで、急に獲物を捕まえるみたいに噛んでくる癖があるのがちょっと困るけれど、おおらかな、いい猫さんになった。

赤ちゃんの頃の動画を観ると、一年間のことが色々と思い出されて微笑んでしまう。
愛おしさがこみ上げ、一歳を目前にしたマコに話しかける。
マコはベッドでくつろぎながら、話しかけてもらえたことが嬉しい様子で私を見つめている。

「マコ、大きくなったね。」
「マコは、小さな小さな猫さんだった。」
「お腹が悪くなってごはんが食べられなかったこともあったね。あの頃は痩せてたよね。」
「今はごはん大好きだもんね、沢山食べるようになったよね。」
「マコはもっちりとした、立派な猫さんになりました。」
「ヒゲも立派に伸びました。」
「マコ、大きくなってよかったね。」

ひとしきり話し終わった時、私の目を見つめて話を聴きながら、しっぽで返事をしていたマコが、目の下にじわっと涙を浮かべた。

何かが、マコと私の間に流れた。
この一年がどんなに幸せだったか、マコが来てくれてどれほどの喜びがあったか、一歳を迎えるマコに伝えたかった。
きっと、伝わったのだ。

そして、マコの涙を見たとき、この気持ちは決して一方通行ではなく、マコの方にも何か想いがあるのではないかと思い立った。


ペットロスになってから10年、勇気を振り絞って迎えたペット。
それまで手放せなかった失う怖さは、いつの間にか消えていた。
飛び跳ねるみたいに命を輝かせる子猫によって、私の不安な記憶は書き換えられたのだ。


マコとは、たった一年とは思えないほどの時間を共有した。
在宅で出来る仕事に変わってからの、初めてのペット。
外で働いていたあの頃は、こうやって四六時中、愛犬と一緒にいられたらどんなにいいだろうと、いつもいつも思っていたっけ。
シニアから迎えた愛犬たちを見送った後、もう一度こんな風に子供時代から一緒にいられたらどんなにいいだろうと何度も思っていた。

願いは、時を経て叶ったのだ。



マコを迎えるきっかけとなったあの日、私は町内の掃除に出かける勇気がどうしても出なかった。
私はここ数年引きこもりがちで、多くの人に会うのには勇気と労力が沢山いる。
悩みぬいた結果、その日は無理をせず休むつもりだった。
それなのに前日の夜、急に気持ちが軽くなり「行こう」と思い立って、翌朝すんなりと出かけたのだ。
そこで、以前犬がシャンプーでお世話になっていた近所のサロンのAさんとばったり会って、とても久しぶりに話をした。
ペットの話になり、もう飼えないと言ったのに、その人はなぜか後日、マコをうちに連れて来ることになる。
それが、マコとの全ての始まりだった。

今思えば、あの時どうして急に気分が変わり、掃除に行こうと思えたのだろう。何か、見えない力に導かれるみたいにして。
そして時を同じくして、どうしてマコのお母さんは、健康なマコをひとり、置いて行ったのだろう。



マコの涙を見て思い出しそうな、何かの記憶。
それを手繰り寄せようとするけれど、すり抜けて行ってしまう、おぼろげななにか。

朝起きた時、今さっきまで鮮明だった夢の記憶が、すーっと消えて行ってしまうみたいに、こうして書いている間にも忘れていく何かを、スマホで書き留めようとしている。

きっと、私とマコは、ずっと昔に何かを約束したんだ。
また必ず会おうと、いつかどこかで約束したのだ。

そもそも縁なんて、一方通行ではきっと生まれない。
それも、一緒に暮らす家族になるほどの縁なんて。

口では「もう飼わない」なんて言っていても、心の奥で本当に望んでいることに向かって、物事は動いていく。
こうして向こうから、目の前に現れる。
交わした約束は、たとえ忘れていても、ちゃんと叶えられていく。

そんなことを思い起こさせた、マコの涙だった。


マコはその後、
「ホ、ホコリが目に入っただけだい!」
と、ごまかすみたいに、ガブガブ私の手を噛んでいた。


涙を浮かべたのはほんのひとときで、その後見ることはもうなかったけれど、あの時私たちの間に流れた「何か」を書き留めたくて、この文章を書いている。


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