見出し画像

夫が原因で、猫が死闘を繰り広げた話(エッセイ)

庭から、複数の猫の大きな声が聞こえた。
喧嘩だ。
ドタドタと取っ組み合うような音も聞こえる。太く、低く、大きく唸る声。窓の外では今、オス猫二匹の死闘が繰り広げられているのだ。
ここには10年以上住んでいるけれど、庭で猫の喧嘩なんて、初めてのことだ。
けっこう長く感じたけれど、5分くらいだったのだろうか。あの感じだと、両者怪我を負っているかもしれない。

すっかり静かになった頃、玄関から庭に出て、現場を確認してみることにした。あの騒ぎでは、血痕の一つも残されているかもしれない。
玄関の灯りを頼りに、猫の声がしたあたりを見てみると、そこには、夫の靴が蹴り散らかされてバラバラになっていた。

その状況に、何が起きたのかすぐにピンときた。
決闘の原因は、おそらく夫だ。



遡ること2時間前。
夫を迎えに行った私は、夫が車に乗り込んでから、すごく嫌なにおいがすることに気がついた。
魚が腐ったようなにおいだ。
耐えられず、窓を開けながら真相を追求すると、においの元は、夫の靴だということがわかった。


我が家は海の近くにある。
夫は毎朝自宅から5分ほど歩き、森の小道を抜け海に出て、浜辺を散歩することを日課としている。
海には、川が流れ込んでいるところがあるのだが、川筋は雨や潮の満ち引きで毎日変わり、昨日は歩けた砂浜が、今日は大きな川になっていることもよくある。
靴のまま海には入らないでほしいと、幼稚園児に言うようなことを50代に繰り返しお願いしてきた。
しかし、森を抜けた場所で急に川に遭遇した場合、夫は小走りで駆ければセーフだと思っているのだ。
夫の靴は毎日海水に浸り、濡れたまま乾かないで翌朝また海水に浸る、を夏の間繰り返した結果、海水と足の細菌とで何かしらの化学反応が起き、とんでもないにおいになってしまった。そのピークが今日だった。

窓全開で運転をしている間中文句を言って、玄関に置くのが耐えられず、私はその靴を庭に置いたのだった。
まさに、そこで猫が死闘を繰り広げていたのである。

きっと、魚だと思って、2匹は獲物を取り合う喧嘩をした。
決闘の末、両者怪我も負ったことだろう。
そして一頭だけが勝者となり、獲物を手に入れた。
「勝った・・。痛手は大きかったが、背に腹は代えられない、これで食料にありつけるぞ・・!」

「これは・・!!魚じゃない!魚のにおいの靴だ!・・うわ~ん!!」

どれだけがっかりしたことだろう。
泣きながら走って行った猫のことを思うと、申し訳なくてたまらない。

もし、玄関から出てきた私たちを、遠くから睨んでいる猫に遭遇したら、その時は本物の魚をご馳走したいと思う。
どうか、名乗り出てほしい。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?