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YOASOBI本18万部ヒット秘話「音楽×出版」と「編集DX」

編集エージェンシーかくしごとは、人気メディアの編集長やエディターが持つ「編集力」を企業の課題解決に活用する取組みをしています。このnoteでは、かくしごと代表の僕が、名物編集者たちを訪ねながら、世の中に対して広く「編集力」を活用するアイデアを探っていこうと思います。


■YOASOBI本を仕掛けたヒット職人・渡辺拓滋さん

今回お話をうかがったのは、双葉社の編集局部長/統括編集長出版プロデューサー渡辺拓滋さん。2010年に創刊したファッション誌『EDGE STYLE』で「読者モデル」ブームを巻き起こしたり、その一方で日本初となる“首相の写真集”『Koizumi』(小泉純一郎元総理大臣の写真集)をプロデュースしたりなど、前代未聞の取り組みに挑み続ける改革者として出版業界で知られています。これまでプロデュースした書籍の発行部数は累計300万部以上。直近でもプロデュースした『夜に駆ける YOASOBI小説集』などYOASOBI関連本が18万部を超えるヒットと、いまも時代を牽引中のヒット職人です。

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双葉社編集局部長・統括編集長 渡辺拓滋さん
出版プロデューサー。代表作に小泉純一郎元総理・写真集『Koizumi』、『孫正義 2.0新社長学』、乃木坂46・ファースト写真集『乃木坂派』など。サッカー専門誌『サッカー批評』の統括編集長も兼務するなど「スポーツプランナー」の仕事も手掛ける。最近では「リアル×バーチャル」など新たな掛け合わせによりベストセラーを生む「次世代型プロデューサー編集者」として注目されており、NewsPicksでは「次世代エンターテインメント」プロジェクトの企画プロデュースも務める。

■業界を超えた「掛け合わせ」で新しい才能を売る!

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「小説を音楽にするユニット」YOASOBI恋愛ソング4曲の原作小説集。『夜に駆ける』『あの夢をなぞって』『たぶん』及び未発表曲の原作小説を加筆修正した一冊。ふたりが紅白出場で本格的にメジャーになる前夜、2020年9月に発売された。

黄:早稲田大学の大先輩ということですが、僕は中退者なのでお手柔らかにお願いします(笑)。さっそくですが、話題の書籍を多数手掛けられてきた渡辺さんにとって「編集」とは?

渡辺:書籍づくりにおける編集は「企画」「制作」「広げる」「稼ぐ」という4つのフェーズで構成されています。そして、コロナによってデジタル化が加速した現在、全てのフェーズで重要なキーワードとなっているのが「他業界との掛け合わせ」。「音楽」「動画」「ゲーム」「VR」「AI」といった出版と距離のあった領域とうまく掛け合わせる「編集力」により、新しいエンタメが姿を現し、業界を超えたヒットを生み出せます

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「音楽×出版」の新販売戦略で、書店だけでなくレコードショップにも並び、普段小説を読まない層にもリーチした。

黄:『夜に駆ける YOASOBI小説集』も、音楽業界との掛け合わせで、関連本も含めて18万部の大ヒット。なぜ今「音楽」に目をつけたのでしょう?

渡辺:編集者の性として「新しい才能」は常に探しているわけですが、今、最も新しい才能が開花しやすいのは音楽業界だと思っていました。それは、テクノロジーの進化によりこれまでハードルの高かった音楽制作が多くの人に挑戦できるものになり、さらにSNSの普及で自由な表現を発信できる環境になっているからです。初めてYOASOBIを見たときは「絶対に日本を代表する国民的アーティストになる」と確信しましたが、他にもまだまだ世の中を驚かせるアーティストが出現してくるでしょう。

出版業界も音楽業界もビジネスモデルの変革が求められている状況。しかし、今回はその両業界のコラボレーションによって、またYOASOBI、スタッフの皆さま、原作小説家の皆様の多大なる御力添えによって、一連のYOASOBI関連本では社会現象レベルのヒットを生み出すことができました。新しい才能の力を最大限に引き出すためにも、エンタメ業界は垣根を超えてタッグを組む必要があると感じています。

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YOASOBI『あの夢をなぞって』の原作小説はコミックス化もされた。「音楽×漫画」の掛け合わせも出版界のイノベーションにつながった。

■「ファン目線の仕掛け」は、編集者の得意分野

黄:YOASOBI本のヒットに関して、「掛け合わせ」以外の部分でも「編集力」が活かされたシーンはありましたか?

渡辺:「ファン目線の仕掛け」ですね。これは、常に読者と向き合っている編集者だからこそ設計できるものだと考えています。たとえば『夜に駆ける YOASOBI小説集』の表紙についても、通常であれば書店で目立ちやすい原色を多用するのがセオリーですが、今回はYOASOBIのコアターゲットである10代・20代のSNS世代の感性にフィットするよう、蛍光色を基調に統一。MVの世界観ともズレがないように装丁に細かくこだわりました。結果、購入者たちが本の表紙をSNSで多数シェアしてくださりました。

また、書籍購入者への特典でも「ファン目線の仕掛け」を試みました。『夜に駆ける』の原作小説『タナトスの誘惑』をボーカル・ikuraさんが朗読する動画が、書籍内のQRコードを読み込むと視聴できるというものです。ikuraさんの歌はもう何百回と聴いている方々が、原作小説を読んだときにどんなオリジナルリッチコンテンツが添えられていたら嬉しいかを、YOASOBIのプロジェクトメンバーみなで考え抜きました。

黄:特典動画のコメント欄には、小説を読んだ上で朗読を聴きに訪れたコアファンたちの熱量ある書き込みが溢れていて、とても印象的でした。YOASOBIのMVのコメント欄とはまた濃度が異なるように感じました。

渡辺:購入者に強く刺さる仕掛けをつくると、自然とファン同士の「コミュニティ化」が起こりますね。ファンコミュニティができれば、消費者やユーザーも「売る」側にまわってくれる時代なので、継続して売れるサイクルが出来上がります。

■今後のムーブメントは「編集DX」と「街」で起こる

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黄:渡辺さんはこれまでに雑誌で「読モ」ブームをつくり、今は「音楽×出版」ブームをつくっています。これからの時代も、編集者はムーブメントを生み出せるのでしょうか?

渡辺:もちろんです。私が重要だと思うキーワードはふたつあります。

ひとつは「編集DX」。編集者の仕事である「企画」という入り口から「稼ぐ」という出口まで、すべてをオンラインで完結させられる設計力が今の時代は不可欠です。YOASOBI本の例でいえば、ネット上でおふたりを見て、MVやSNSなどデジタルで表現している世界観を土台にした書籍を企画したのが「入り口」。そこから、Amazonで売るという「出口」に向かってあらゆる戦略を練りました。結果、YOASOBI本はAmazonで1位獲得し、その後に書店やCDショップでも大きく取り扱われましたが、オンラインで完結する「編集DX」ができてこそ、その先でリアルな場でもモノを売れるようになります。

黄:もうひとつのキーワードは?

渡辺:もうひとつは「街」です。街を組み込むような企画・設計をすることで、人や施設を巻き込んで市場を巨大化することができます。「読モブーム」のときも、読者モデルがリードする形で、渋谷を舞台にアパレルやコスメが売れる現象が起きました。青文字系雑誌は、原宿の街でブームを起こしましたよね。もちろん、音楽やアニメなど他のジャンルでもブームが街に付随するケースは少なくありません。コロナで移動が減ったことで地域への帰属意識が強まっている今、これまで以上に「街」との連動がムーブメントを起こす上で大切なはずだと理解しています。

黄:「DX」と「街」。新しいものと、普遍的なもの。対極にあるような言葉をふたつ並べるのも、編集者らしいですね(笑)。

渡辺:「VR」「AI」といったデジタル技術との新たなメディアミックスが加速するこれからの時代も、編集者が世の中の渦の中心にいると確信しています。「編集力」の活用の場を広げる取り組み、応援しています!

文:菱山恵巳子
写真:三浦えり
編集:黄孟志



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