民主主義と馬鹿との関係

「民主主義における馬鹿について」

れいわ支持者で「トンデモ」を信じる馬鹿は一部だというご指摘がありました。無論一部です。しかしそれは「全部では無い」という意味においてのみ、一部なのです。 参政党とれいわは政党としての構造や戦略がよく似ています。参政党の核である人々は、社会に打って出ようとしているけれども既存の確固たる権力層に阻まれてなかなかのし上がれない人々です。自民党に票を入れても自民党からは相手にしてもらえない、しかし自分がのし上がるためには一定の政治勢力と結ぶ必要があると考えている人々が参政党の核を形成しています。

しかしそういう人々は能力も一定の財力もありますが、人数としては少数です。だから選挙で議席を取るために、大衆を集める必要があります。一番手っ取り早く集められる大衆が、馬鹿なんです。YouTubeやらTikTokの画像を信じ込む連中です。こういう馬鹿は人数が多い上に洗脳しやすい。またもな人を説得して引きつけるのは手間暇掛かりますが、馬鹿を欺すのは簡単だし、方法も確立しています。馬鹿な大衆を引きつけないと、選挙で票が取れません。無論この集団は馬鹿なので政策提言などはまったく期待出来ませんが、要するに彼らは投票してくれれば良いのです。それだけです。それで一定数の議席を確保するのが目的ですから。

れいわもほとんど同じ戦略を採っています。れいわの核は一部の過激な左翼です。結構過激な連中です。そのなかに、かなり「トンデモ」な人々がいます。彼らは全般的に言うと頭が働くのですが、ある部分、特に医療医学などについては要するに「トンデモ信者」です。しかも彼らは自分は頭が良いと思っていますから、トンデモを信じ込むのは自分が頭が良く、医者や政府などと言う世間の権威に欺されないからだという確固たる信念を持っています。

それで、そういう連中が核の一部の形成しているれいわが集票のために集める大衆も、まさにトンデモ信者なのです。参政党と同様、れいわも国会で議席を得るには核だけでは不可能です。どうしても大衆を取り込まなければ、国会で議席は得られません。そういう票になる大衆のなかで一番取り込みやすいのは結局の所、参政党と同じ馬鹿なのです。まともにデータに基づいてロジックを作るような人というのは取り込みにくい。一つ一つ反論を受けますから。そういう人を相手にひとりひとり、一つ一つ丁寧に、根拠となるデータを示して納得させるのは非常に手間です。ぶっちゃけそろそろ近いはずの次の総選挙には間に合いません。しかしばかなら、嘘八百を並べ立てれば良いだけです。枇杷の種が癌に効くとか、コロナは人工兵器だとか、まあ何でも良いから大袈裟に嘘をつく。しかもこれは事実なのだが知られると権力にとってマズいから隠しているのだと強調する。これで馬鹿はあっという間にかなりの数が獲得出来ます。

ちゃんとした人間を説得するのは恐ろしく手間と時間が掛かるし、そもそも参政党やれいわのトップはそういう議論が出来る人々ではない。それに比べて馬鹿と言うのは簡単に大量に獲得出来、その方法は既に確立されているので、そういう連中を集めて集票に繋げるのです。

要するに参政党もれいわも、維新のひそみに倣ったのです。今彼らが用いている手法は、かつて維新がやって成功したやり方そのままです。まあ、昔の自民党そのまま、さらにはヒットラーのやり方そのままとも言えますが。 要するに民主主義とはそう言うものです。この世には優れた人間より愚かな人間の方が圧倒的に多い。だから民主主義が多数決を原則とする以上、民主主義では愚かな多数をどうやって集めるかで勝敗が決まるのです。民主主義というのは、結局の所多数の馬鹿をより多く集めた方が権力を握る仕組みのことです。


古今東西、何億年も昔から人類史において、民衆というものの多数は馬鹿で狡い人々でした。だから民主主義が民衆が支配者である社会であるというのであれば、それは馬鹿で狡い人々が支配者になる社会であるという事なのです。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?