頭痛に五苓散

花輪壽彦さんという北里の漢方医がいました。北里の東洋医学研究所所長になり、北里大学教授を兼ねましたが、彼の退官を持って北里の東洋医学研究所はその幕を閉じたのです。



花輪壽彦氏は、古典にめっぽう詳しい人でした。何を質問しても、「それはなんとか言う古典にこう書いてあります」と答えた。しかし逆に言うと、彼は古典しか知らなかった。考える根拠として、古典以外はなにも知らない人でした。



30年も前、彼の講演を聴いたことがありました。その時彼は、五苓散について話しました。五苓散は雨の前の日の頭痛に良い。今ではもう常識になっていることですが、30年前ですから、彼はその話をしたわけです。



しかし彼の講演の後、質疑応答で当時まだ30そこそこだった私は挙手してこう尋ねました。



五苓散は利水剤とされていますね。しかし雨の前の日ということは、それは低気圧による頭痛や様々な不調ではないでしょうか。低気圧は気血水の水ではないでしょう。低気圧と言うぐらいだから、気の異常なのではないですか。そうすると、五苓散は気の異常に効く薬と考えても良いと思いますが如何でしょうか。



花輪氏はしばし沈黙した後、「いや、利水剤です」と答えました。私は全く納得しませんでしたが、会場の雰囲気が「これ以上お前のような若造が花輪先生に異を唱えるな」という空気で充ちていましたので、私も黙ってしまいました。



その後五苓散については色々な知見があがってきました。曰わく慢性硬膜下血腫が治る、正常圧水頭症が治る、更に基礎からはアクアポリン4という血管壁における水分子のチャネルに作用するということもデータが出てきました。



なるほど、アクアポリン4に作用し正常圧水頭症を改善するのであれば、たしかに五苓散は利水剤としての一面を持つわけです。しかしながら一方で、今では五苓散は低気圧によって生じる様々な不調を改善する薬であるというのは常識になっています。



あゆみ野クリニックの患者さんで低気圧による頭痛に五苓散が著効するという方がいます。その方はスマホに頭痛アプリというものを入れておりまして、そのアプリは気圧が下がってきたことを関知して「頭痛が起きるよ」というアラームを発するのです。ところがその本人が自分が頭痛の予兆を感じる日、頭痛アプリがアラームを出す日、そして五苓散を飲むべきタイミングをご自分で研究した結果、その人は頭痛アプリがアラームを発する前の日に頭痛の予兆を感じ、そこで五苓散を飲むと著効するということを発見しました。つまり宮城県に住むその人は、九州辺りで気圧が下がっていることを関知するようなのです。頭痛アプリが実際に宮城県の気圧が下がっているとアラームを発した時点で五苓散を飲んでも、遅いのだそうです。



非常に面白い話です。渡り鳥などは良く人間には関知出来ないものを関知するということが分かっています。鯨の類もそうです。彼らは超音波で色々な情報を関知しているわけです。しかしその人は人間でありながら、宮城県にいて九州辺りの気圧が下がってきたことを関知出来る・・・不幸なことにそれはその人にとって頭痛を起こすだけで何のメリットもないのですが。これは医学的には未解明な部分でしょう。しかし御本人が頭痛アプリとご自分の頭痛とを綿密に照らし合わせ、記録した結果ですから、一例とは言えかなり説得力があるデータです。そしてその方は「五苓散は実際に現地の気圧が下がってから飲むよりも、自分が関知する遠方の気圧の低下が起きたとき飲んだ方が効果的だ」ということを発見したのです。



漢方にしろ鍼灸にしろ、無論古典は大事です。しかしこの方は医者でも鍼灸師でもありませんが、かなり重要な新発見をしたと私は思います。五苓散は利水剤ではあるが、どうも水だけでは無い。気の異常にも明らかに作用しているようです。伝統医学は常に先進的で無ければならないと私は常々主張していますが、この方の発見はその好例でしょう。

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