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アメリカのオンライン授業#13 黒人差別への抗議デモと期末試験

コロナ禍で始まったオンライン授業も、最後の週を迎えました。来週、期末試験期間を終えたら、長かった春学期が終わり、夏休みに入ります。そんな中、先週末から、アメリカは、白人警察による黒人市民の殺害を機に、大規模な抗議活動と暴動が繰り広げられる事態に陥っています。この一連の出来事が、授業に与えた影響について、書いていきます。

学生から、期末試験中止要請

今回の出来事で、日常的に差別を受け、危険を感じながら暮らしているマイノリティーの方々は、深いトラウマをえぐられ、多くの人が、路上に出て抗議活動に参加しています。夜間は、外出禁止令が出され、警察や陸軍が町を占拠しています。お店はベニヤ板が張られ、食料品も買えません。

心身ともに傷つけられたり、社会を変えたいと抗議活動に参加する学生たちにとっては、勉強どころではない事態になっています。わたしも、連日の緊迫した状況に、神経をすり減らしてきました。

月曜日には、学生たちからメールで、今回の事件で影響を受けた仲間や、抗議活動に参加する仲間のために、残りの授業と期末試験を中止にするべきだというメールが何通か送られてきました。学生たちが組織してメールのテンプレートを作成したものと見られます。

先生方の間でも残りの授業や期末試験をどうするかが議論になり、今日は大学から、先生方に一任するとの連絡がありました。先生が自由に決められるのは、ありがたい反面、責任を押し付けられた気もするのですが。。。とりあえず、決断を迫られました。

期末プロジェクトを任意にする

わたしの講座では、今週は授業はなかったのですが、期末の課題として、エッセイやポッドキャストなど、自由形式で授業内容をまとめるという課題を出していました。そもそも、コロナ禍で、授業内容と形式の大幅な変更を余儀なくされたので、最後の最後でまた変更を余儀なくされる事態に、もう諦めに近い境地でした。

結局、期末のプロジェクトは、任意にすることにしました。今、大変な状況に置かれている学生は、メールでお知らせしてくれれば、理由を説明しなくても、期末プロジェクトの提出はしなくていいことにしました。そして、期末プロジェクトを提出する学生も、万が一質が悪くても、これまでの授業への参加内容をもとに最終的な成績をつけることを伝えました。同僚の多くも、同じような対策をしたようです。

学生からは、感謝のメールが相次ぎました。今回の殺人を動画で目の当たりにしたり、抗議活動に参加して警察機動隊と対峙したり、暮らしている場所で暴動と略奪が起きたり、パトカーのサイレンと上空を旋回するヘリコプターの音を聴き続けたり、多くの学生が疲弊していました。

今のところ、期末プロジェクトを提出できないと言ってきた学生はいません。でも、もしできなくても、成績を落とさないと知って、だいぶ気が楽になったようです。

アメリカ社会について考えさせられたこと

今回のできごとで、考えさせられたことがありました。それは、日頃から差別にさらされ、身の危険を感じ、警察が通りかかっただけで殺されるかもしれないと怯えて暮らしているマイノリティの学生たちにとって、今回の状況は、決して特別なできごとでないということです。彼らは、どんなにおぞましい状況でも、疲弊した状況でも、落ち着かない状況でも、常日頃から、マジョリティの学生と同様に課題をこなし、同じ基準で評価されてきました。彼らを評価するのは、多くの場合、マジョリティ出身の先生です。それでも、時には、同じように頑張ることすら許されない環境の中で、マイノリティの学生たちは、恵まれた学生たちに負けない業績を残してきました。

今回の事件を受けて、期末試験中止要請をメールしてきたのは、この落ち着かない状況に耐えきれなくなった、マジョリティの学生たちでした。「今回の事件で影響を受けた黒人の仲間が心配だから」という文面だったことも少し引っかかりました。もちろん、学校の課題よりも大事なことに向き合っている学生を心配した実に正当な理由です。これによって、救われる学生が本当に多くいると思います。

でも、この劇的な出来事が終わった後も、マジョリティの学生たちは、マイノリティの仲間の状況をこうやって考えられるでしょうか。盛り上がりに任せて抗議に参加したこと、声をあげたことだけに満足せず、彼らが今回の一連の出来事で感じたことが、マイノリティにとってどれだけ日常的なことなのか、その暴力性に気づくことができるでしょうか。その理解がない限り、隅から隅まで差別的なこの社会に変革も何もない、そう思わされました。

この騒動をそれぞれの安全地帯から観察し、それが終焉したら、それぞれの安全地帯に戻って生活できる保証がある学生たち、そして、私。こうして、いつの間にか、何事もなかったかのように、そのまま、夏休みに入って行くのだろうなと思える時点で、今回の抗議運動や暴動に至った歴史的な経緯や苦しみを少しでも理解できているなんて到底言えないと思い知らされています。

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