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カウンターの向こう側のひとびと

今までオープンキッチンのカウンターでお客様と雑談しながら料理を出してきた。2店舗は修行で、今は自分の店舗でカウンターに立つ。

カウンターの向こう側にいるたくさんのお客様の人生の一部を聞かせていただいてきた。僕の財産のひとつはこのたくさんのお客様の時間。

自分の店を出した時、お客様ノートと名付け、お客様に好きな事を書いてもらうノートを置いた。表紙には僕からお客様へのメッセージとして「私の老後の楽しみになります」と書いた。そのお客様ノートも12冊になった。

お客様のひとりに男子中学生がいる。彼は4、5歳から会いにきてくれる。僕が休憩時間に寝ていると「◯◯さーん!」と起こしにくる。店の休憩部屋にあるダンベルで遊んだりしたのち「またくるねー!」と帰っていく。

小学生に上がると友達とアイスを食べにきていた。店内でゲームをしたり、学校や山や川での出来事を話してくれた。
中学生に上がると一人でご飯食べにくる。一人でアイスを食べにきて、部活の話、家族の話をしてくれる。身長が伸びてきて嬉しいとか、彼女ができないとか。

店を続けていく楽しみはこうした人とのつながり。

ある男子大学生は中、高校生の時は一人で自転車でご飯を食べにきてくれた。無口でメニューすら指でオーダーする。美味しいのかまずいのかもわからない表情なのだが、同じメニューを2人前食べて帰る。多分、このメニューが大好きなんだろう。聞いた事ないけど。

女子小学生3人組の一人の子が大人になって、赤ちゃんを連れてきてくれた。「ママになりました」と言い、にかーっと笑う可愛い赤ちゃんと旦那さんときてくれた時は勝手におじいちゃんになった気がした。

身長が190くらいありそうな大男と綺麗な女性がコロナ明けにふらっときた。店の中をキョロキョロと見回していたから同業者かな?と思っていたら帰りに「◯◯です。生前母が大変お世話になりました」とご挨拶された。大変贔屓にしてくださったお客様の息子さんご夫婦だった。

たくさんの人の顔と歴史が思い浮かぶ。経営不振で危ない時もあった。やる気がでず、辞めたくてたまらない時もあった。時間に拘束され何もできない事が歯痒くなる時もあった。全部放り出して逃げたくなる時もあった。
だけど、そんな時カウンターの向こう側のお客様を思い出してしまう。

もうちょっと、今年まで頑張ってみようか、とか。ここがなくなったら悲しむかな?とか。

田舎で小さな飲食店を十数年営業してきた。景気が悪いこの時代によく生き残ってこれたなと思う。僕がやってこれた理由はスーパー経営者なわけでも、伝説の料理人でもなくて、ただ、諦めが悪いだけ。

それと、まだもうちょっと自分の店でカウンターからお客様の話を聞きたいと思っているから。



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